放映中の大河では、信玄が家康を「わっぱ」扱いだけれども、実際のところはどうだっただろうか。
国衆相手に権力を確立して、一国を統一して、豊かな隣国を併呑。信玄が生涯をかけて成し遂げたことを、20代なかばで成してしまった家康。信玄からすれば、「なんだ?このヤバいのは」だったのではないか。
挙げ句に、国は(甲斐に比較して)豊かだし、家臣団は異様に忠誠心厚いし、もっとヤバい人間である信長と異様に堅い同盟を結んでいるのだから、ただただヤバいしかなかっただろう。
だから、そのヤバいのを殺せる千載一遇のチャンスにして、信玄の体調的に おそらく最後のチャンスという自覚もあったであろう三方原で、取り逃がしてしまったときには、本当にガッカリしたと思う。
せめて散り散りになって逃げたとかだったら、「もう一戦して今度こそ」という気にもなるだろうけれど、家康を逃がすために、家臣団が我先にと突っ込んで来る姿を見たら、「こんなの どうやったらトドメさせるんだ」にしかならないだろうと。
三方原。家康は家康で絶望しただろうけれど、信玄も信玄で絶望してたのではないかなと。まぁ信玄は謙信・氏康・義元と、生涯通じて周りがヤバい奴ばかりだったけれど。この絶望感。
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