新庄監督は徳川家康の心境? 貧打で5連敗…「待とう。これは待つしかない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/08550722618b10f9f61c1a143e4d4f7e4b099b86
新庄的には「家康は我慢の人」という解釈みたいだけれども、今川・織田・豊臣のどこからも丁重に扱われていたわけで、一方的に我慢を強いられていた時期というのが、ちょっと思い浮かばない。
信康の一件を挙げる人もいるのだけれども、あれが信長の圧力によるものだったという根拠はない。関東国替えも、石高的には栄転なので、一方的なものとは言い難いだろうと。トップの重責を担わずに済んだ分だけ、逆に自由だったようにも思える。
本当に我慢を強いられたとしたら、三河での権力が未確立だった独立直後、三河の国人たちの顔色をうかがわなければいけなかった頃とか、拉致られて織田に抑留されていた頃くらいではないか。
そう考えると「鳴くまで待とう」も、苦しくても待って耐えたというよりは、有力なポジションだったので待てるだけの余裕があっただけという感じはある。
まぁ家康の解釈はともかくとして、日ハムに関しては、打線が上向くのを待つより先に、守備練習したほうがいいのではないかなと。
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