求職者に職を与えず、ブラック企業が社会的弱者に奴隷労働を強いる異常性。
経済的な親ガチャに外れているのは私だけでは無いので、低学歴である自体については特に辛さや恥辱感は何も感じない。
どちらかと言うと、学力も無いのに低偏差値私学に大枚叩いて子を入学させて借金を抱える親ガチャに当たらずに済んで幸いだった、と感謝さえしている。
早逝した同性の友人は父親の失踪後、貧困の中に高卒資格を得ても病に倒れた。
友人の死後、何とか遣る気を出して別の夜学高校に再度転編入してはみたが、入学して初めて
「バイトでも有職なら教科書代無料だったのー!?」
という思わぬ事態に直面し、素直に奨学金の申請をした。
つい先日はイイ年をして私は、今年齢80になる母に
「親から敷かれたレールならひっくり返してブチ壊すのが至上の喜びなんだよ、親から言われた学校に従順に願書出すくらいなら学費を棒に振っても中卒で構わないよ」
などと言い放っていた。
全日制高校を中途退学したのも、自身の希望進学先大学に願書を出しても学費が出ないから、というのが主たる理由だった。
貧困や経済格差も色々だ。
そもそも私の父からして、祖父の起業した会社の傾きに応じて長男次男は大卒だが、父から下の兄弟姉妹達は低学歴だった。
昭和の始めから令和の現在に至るまで、親ガチャに左右されない人生など無い。
いつから経済格差を努力で乗り越えられると錯覚していた?。
■親ガチャと東大合格の関係 世帯年収300万円台で合格した学生が感じた現実
(AERA dot. - 01月25日 18:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=7275104
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