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2022年11月17日12:54

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死ぬこと話、ぜひ皆さんに読んでほしい。

HImaP&Σ 渡部学
2022/11/17 11:27

今回の題名は【死ぬことへのイメージ】

目次
1.死んだ人のイメージ
2.死ぬとはどんなイメージ
3.必ず死ぬのが決まってるからしておきたいこと。

皆さん、死ぬイメージって悪い?それとも死はひとつの出来事である?
死ぬことで、死んだ人への明るいイメージはできますか?

1.死んだ人のイメージ

これは、ある詐欺師のお話だそうです。
その詐欺師は降霊術詐欺師でした。
年配の人が居ました、若い頃に産んだ子供は幼少期から闘病生活をする難病にかかり、苦しみながら苦しみに耐えて耐えて苦痛止む無く死んだ子供が居ました。過去の話であり、その女性には他にも子供はいて死んだ子の兄弟がいました。その兄弟も成人し結婚し立派に独立してます。そんな高齢の夫婦に詐欺師は目をつけて、その街に降霊術のできる信じれると噂を立て、信じさせてから、その老夫婦に近付いたみたいなんです。
そして、こう言いました。亡くなったお子さんは死んで肉体がなくなり苦痛も何もない天国に居ます。幸せに精神エネルギー世界で生きてますよ。って降霊術でそのお子さんの演技をしました。すると、ボケてもいない老夫婦はそれは自分たちの子供ではないと言いました。詐欺師は詐欺とバレたのか焦りました。でも、老夫婦にその理由を伺うと、自分たちのその亡くなったお子さんは病気で苦しんでるはずなんだという。
詐欺師はそれを聞いて子供が病気で苦しんでる演技をしたら、老夫婦は涙して、【頑張ったねー辛かったねー】って言って信じてます。
降霊術の支払いもしてくれました。

そういう話を聞きました。

皆さんはこの老夫婦の心理をどう思いますか?
病気で苦しんでなお止む無く死んだ記憶が強すぎて、死んだらもう死んだ人間は苦しみもなく元気で生きてるって思いたいですよね。
でも、心に悔やむ記憶の老夫婦は死んでいるお子さんの元気なイメージを信じず、苦痛に苦しんでる方のお子さんを信じたのです。
記憶とは残酷なものです。
死んでいる人は天国で苦しみもなく生きてるんだよ。って思う方がいい。
でも、老夫婦は何十年経過した今でもお子さんは苦しんでるイメージがそのお子さんのイメージに定着してしまってること。心の病に近い。

なぜ渡部学がその話をしたか?死んだ経緯が最悪な場合、後に残された家族はずっとその最悪な最後が頭に離れずにいることによって、死んだ人間がその内容から開放されてないってこと。
殺人事件もそう、犯人を憎み、殺された人間はずっと苦しんでると家族は思いそこから死んだ人間のイメージがそこに固定される。

渡部学が言いたいのはその死んだ人間への想いも悪いイメージってのは生きてる側の人間で決まること。

でも、どーせなら死んだ人間が天国で肉体から開放されて精神世界でのみ元気に争いのない世界で自由に生きてると、生き残った家族側の人間が思ってやらなければ、死んだ人間すらも悪い状態から開放されないんだってこと。

2.死ぬとはどんなイメージか?

皆さんは死ぬとは不幸以外にないですか?死ぬとは不幸中の幸いと思えるか?

死ぬのが自分だとしてどういうイメージ?
死ぬのが親しい家族、親族、心友などならどんなイメージ。
死に方でイメージが変わる?

1.でも話したように、生きてる人間側のイメージってのは全ての指針である。
死んだ人間はそもそもイメージを想像する肉体もない、無そのもの。消滅と渡部学は思ってる。
けど、渡部学は単刀直入に言うと、死ぬってことは自分自身の幸せなこと、守りたい人間から離れることで無になること。それは逆に言えば、不幸な出来事が起きることや肉体的苦痛や苦悩や精神的苦痛や苦悩からも開放される無に帰すこと。

だから渡部学は死ぬことは全てからの開放と前向きに捉えている。

だが、しかしながら悪人がいて悪事を企み、金目当てで肉体的苦痛を与えられて苦痛に耐えて止む無く死んだとかなら、死ぬまでが納得いかない。死んでからは無だからいいけど(笑)
そんなことなら悔しい。そういうことをされてると知らなくても結果は嫌だし(笑)

渡部学のことだけど、死ぬことには怖くない。死ぬまでに肉体的苦痛とか肉体的苦しみに耐え忍びその経過で苦痛止む無く死ぬとかそういう肉体的苦痛が恐怖なだけ。
痛みもさほどなく、脳いっ血とかで倒れても生き残って、半身不随とか半身麻痺になってまで生きていたくはない。そのまま延命処置せず死にたい。独り身で両親と兄達がいるけど、自分自身の家族はいないからいつ死んでも守るべき子供などに心配することなくいつでも今は死ねる。

死ぬことの恐怖心より、生きてる間の不幸なことの方が怖い。死ぬのは怖くない。痛みが怖いだけ。肉体的にも精神的にもね。

母や父や兄達に世話になってる先に死なれたら困る。自分自身が先に死にたいと家族に依存している。

渡部学の話はこんな感じ。何度も記事にしてる(笑)

ここからの話も何度も記事にしてるリメイクになる。

皆さんは死ぬことのイメージってのはさ。自分自身の状態で違うよね。
死ぬことが恐怖な人は
死ぬことは自分自身が居なくなること、それで困るのは自分自身のパートナーや子供、だからこそ死への恐怖心は出てしまう。
それを守るための経済的余裕があれば心配は少しだけ和らぐかもしれないよね。
もしくは自分自身の幸せの生きる人生が途切れてしまう恐怖かな?そういう人もいるね。若い人達は主に漠然としてるけど自分自身の死のイメージはそれだろね。
他人の死は、みんな以外と家族なら悲しい気持ちはあれど、他人や自分自身のおじいちゃんやおばあちゃんは高齢者なら、死んだんだなって程度にしか感じない。

安楽死を日本はもっと早く取り入れなければならないって渡部学は言ってる。

それは【死へのイメージ】が全て不幸なものではないよ。死が救いの手段もあるんだよ。

そう言いたい。だから安楽死やそのための行政や規則、法律の徹底を急いで決めて正しく安楽死の実施が可能な日本にするべきと思ってる。
それにともない、職や会社が倒産するのは特別養護老人ホームとかだろう。病院も結構多くが病室は空くだろう。

寝たきり老人や重度痴呆症の老人の安楽死実施。
今のそういう人達を殺せってことか?って勘違いする人達もいるだろう。命の冒涜だとか。
いつでも改革するには、出てくる無知な人間のバッシングや反発がいつの世もあるもの。

でも、例え話、自分自身が寝たきりになり意識もない、それなのに生かされてたい?
YES or NO
年老いて脳がおかしくなり、自分自身も他人のことも認識ができない、覚えられない状態でも生きていたい?
YES or NO

健康で若い頃もしくは健全な体で居れる高齢者にアンケートとったら?
そうなってしまったら早急に点滴で睡眠剤を導入して寝てる間に肉体的苦痛なく死ねる方法があるならその安楽死を選ぶって人は多いんじゃないかな?

だけど、医療機関や福祉機関が職や経営者が稼げなくなる、露頭に迷うなど発生する。それも今後の政府の別の支援が必要になるけど。

寝たきりや痴呆症や重度の全身身体障害者や
健全な時にアンケートとったなら安楽死を選ぶはず。死ぬことに恐怖心やためらいは生きてるとあるかもしれないさ。

でも介護者苦悩も世界中に問題なんだ。排せつ介助などの悪臭問題や気分の不快になること、生理的な拒否反応する内容だろ?

未来には全自動人工知能人型ロボットが確実にもう近未来に視野に入るほどできている中で、ロボットにさせればいいってこともある。だがしかし、生きてるのが辛いとかただ、死んでもいいような状態の人間を生かしてるだけのことはしなくていいと思うんだ。

世の中には安楽死は厳重な決定規則をしないと家族にも訴えられる可能性がある。だけど、それも訴えられないような認可の規定を作るべき。難しい外科手術と同じように。

死へのイメージという話だけど、必ずしも死は不幸ではないってこと。

だって死刑囚はどうなるんだ?殺人事件起こしたし、人殺してるからお前も死ねや。って国や裁判で決めてやることだ。それで死刑囚が死ねば被害者も国民も納得して安心する。

そんな考え方が根付いてるなら、重度の肉体的に苦しむ末期がん患者や寝たきり老人やその他安楽死をしてほしいと願いそうな人達を安楽死を取り入れることに何が疑問なんだ?
犯罪者の死刑は納得して取り入れてるのに、生きてて苦しんで、健康に生きてる人が大変な介助や金がかかる人生の人を安らかに死ねる方法をなぜ取り入れることができない?

改革するべきところや改善や支援せねばならなくなることは発生するが、日本はそれをやらねばならんと渡部学は思う。

3.必ず死ぬのが決まってるからしておきたいこと。

これもさ。今は強制的はしてないことだけど。
自分自身の死んでからの資産運用や相続人への分配とか、持ち物や家の後始末、色んなことを生きてるうちに済ませておくって大事だよな。

世界中で墓文化があり、日本では仏壇やお通夜、告別式、法事などお坊さん商売。

これも改善したいな。渡部学は死んだ人に金をかけるのは好ましくないと思ってる。
生きてる人間に金は必要であって。
死んだ人の家族が他人のお坊さん商売に金を使うのはお坊さんの生活は助かるけど、その習慣や伝統は必要ないように感じるんですよ。

だからといって死んだ人への悲しみや失意を和らげるために生まれたのが心理的カウンセラーや心理療法に近いお坊さん商売が昔から伝え受け継がれて成り立つ。でも、実はそういうことに金がかかるのだってもうこの先の未来に廃止していってもいいんじゃないかな。

でもね。渡部学からしたら死んだ人間に金なんて一円も必要ねーし、食べ物も届くとか届かないとか迷信を信じるより、写真一枚飾ってくれりゃ、火葬して土に骨まきゃいい。墓もいらん。持ってた金は生きてる家族が幸せ買うために使えばいいだろ?
生きてる内に使いたいだけの金を持ってりゃいいのよ。
死人はなんもいらねーんだ。望んでるのは深く関わった愛する人達の幸せだろ?

渡部学の記事を読めばさ、悪人が勘違いして死人に口無し、死んだら生きてるうちの不幸もなくなるし、開放されるんだから痛めつけて苦しみ与えて殺して金も持ち物も奪ってしまえ、死ねば全てからの開放なんだろ?っていう馬鹿者が現れたら目の当てられんけどさ。

渡部学が言いたいことはもっと生きてる幸せと死ぬべき方法を選べる時代になってもいいんじゃないか?って思うんだ。

41歳にもうすぐなる渡部学はもう爺さんのような考え方してるな(笑)

でもさっ皆さんもそう思わないかい?そう思うだろ?

本気で書いた記事です。皆さんに読んでほしいな。どんなコメントがあるだろうか?

おわり
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