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2022年08月17日11:45

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役所の申請用の母用 覚書

母親が倒れた日 2003年(平成15年)4月17日

大学附属病院に18時過ぎ一旦他病院より移動という形で入院 診断名 脳内出血

4月18日手術

4月17日当時の聞き取り

弟が竹生寮の作業所の迎えで9時 バス待合場所に母親確認

トイレの修理業者が9時30分すぎ 家に来るが 呼んでも返事なく帰る

16時 竹生寮の職員がバス停にくるが 母親が迎えにきていない 弟が
   一人で バスから飛び出してしまい 職員が追いかける
   家に着くが鍵がかかっておらず 弟が入り トイレを使用
   床が水びだしになり 職員が声をかけるが返事なく
   外から裏に回ると窓があいていて 倒れていた ズボンが濡れていて
   声をかけるが返事が無い 救急車呼ぶ

   倒れた時刻の推定9時以降〜9時30分頃と思われる
   病院18時到着後 すぐ出血止めの薬を投与したが 左脳のほとんどが
   脳圧で潰れていて 後40分処置がおくれていたら亡くなっていただろう と医者

   母親に保護者として 実家が登録されていて 20時すぎ実家に連絡いく

   18日0時過ぎ バル 会社から戻る ドニーチョの携帯のスイッチを

   入れたとたん実家から電話 母親が倒れて附属病院にいる との事で

   附属病院に電話して 夜勤のかたに 入院の確認 しかし いないと言われる

   実家に確認するも 附属病院にいるとしか聞いてない との事

   明日 また 病院に確認してみるといい 眠る

   会社に出社後 上司に報告し 業務中の使用電話に許可もらい

   附属病院に連絡 すぐ担当の医師に繋がれ 母親の状況を確認

   すぐ手術をしたいので 秋田に来てほしい との事で 会社に事情説明の上

   昼の飛行機で秋田に飛ぶ 附属病院についたと同時に実家の親戚が車でやってくる

   医者と説明を聞き 書類にサイン 19日10時手術開始 20時手術終了

   言語野と記憶野が潰されており 言葉に不自由になるだろう との事だった

   助かっただけでもありがたい という3日間だった。
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