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2022年07月31日01:18

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大隈重信没後百年「早稲田の源流」は長崎にあった教育者の原点と知られざる医学発展への貢献

大隈重信没後百年「早稲田の源流」は長崎にあった教育者の原点と知られざる医学発展への貢献
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山崎 光夫 : 作家 著者フォロー

2022/01/10 12:00

大隈重信没後百年「早稲田の源流」は長崎にあった | 読書 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net) 配信より
https://toyokeizai.net/articles/-/499275?page=3

大隈重信の幼少期・青年期の姿は意外と知られていません(写真:リーサル/PIXTA)

鉄道敷設や「円」の制定など近代日本の建設に活躍し、早稲田大学の創設者として知られる大隈重信であるが、その幼少期・青年期の姿は意外と知られていない。

大隈没後100年に際して、大隈の青春譜、早稲田の源流、さらには大隈と医学との不思議な縁について、このほど『大隈重信 青春譜』(電子版)を上梓し、医学を題材とした小説やエッセイを多数執筆している作家の山崎光夫氏が解説する。

早稲田の源流は長崎にあり
大隈重信(1838〜1922年)は明治・大正期の政治家である。日本初の政党内閣(隈板内閣)を組織した政治家で、早稲田大学を創設した教育者でもあった。

『大隈重信 青春譜』(電子版)(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

大隈の中央での登場は、明治元年(1868年)4月、英国公使・パークスを万国公法の知識で論破し、日本の国権を守った一件である。当時、国際法の知識を持ち合わせていた者は日本国内で数えるほどだった。同年12月には外国官副知事に抜擢され、明治2年に東上して、築地に居を構えてから明治新政府に出仕。新日本建設に活躍し、存在感を示した。地租改正、富岡製糸場の設立、鉄道・電信の敷設、新通貨「円」の制定などの献策、実施にあたった。

大隈のこうした参議や大蔵卿としての活動はおおむね知られているが、それ以前の幼年期から青年期を過ごした佐賀・長崎時代の生い立ちや活動の話は案外知られていない。

大隈重信は幼名を八太郎といった。拙著『大隈重信 青春譜 −早稲田の源流ここにあり』は、八太郎時代を描いた初めての小説である。その活動や生活は痛快で、これほど破天荒な青春時代を送った若者も珍しいと思えるほどの青年だった。

八太郎の父、信保は佐賀の鍋島藩に石火矢頭人(いしびやとうにん、砲術長)の任で仕えていた。その父は八太郎が13歳のときに死去し、その後は、母、三井子(みいこ)が2男2女を女手ひとつで育てあげた。

父、信保の口癖は、「いいか、八太郎、勇気のなかもんは病気たい」だった。なにより、卑怯や臆病を嫌った。この教えは大隈の人生に大きく影響した。

佐賀の藩校に入学した八太郎は旧弊を打破したいと改革を唱えて大暴れし、退学処分を受けている。が、一向に落胆せず、蘭学を学び、さらに、英学へと軸足を移してゆく。あくまで陽気で、不屈の精神で生き抜き、その青春譜は、�狡鵬�青春劇場�瓩噺討戮襪世蹐Α�

八太郎の人生を変えたのは、長崎でのオランダ人宣教師、フルベッキとの出会いだった。フルベッキは、天保元年(1830年)、オランダで生まれ、22歳のとき、労働移民としてアメリカに渡った。志願して、安政6年(1859年)、29歳のときに来日した。

そのフルベッキの指導を受けているうちに、八太郎は英語学校設立を模索するようになった。そして、慶応元年(1865年)、フルベッキを講師に迎え、英語学校「致遠館(ちえんかん)」を開校した。英語のほか、アメリカ独立宣言や米国憲法を日本で初めて講義した。同時に、政治、経済、法学、軍事、理学を正課とした。

フルベッキはオランダの理工科学校で学んでいたので、機械や橋梁、土木、築城、それに数学の知識も持っていた。また、歴史や法律にも詳しかったので教師としては申し分のない資格を有していた。

この「致遠館」での教育体験が、後の早稲田大学につながったといえる。ワセダの源流はここにあったのである。大隈が英語学校で培った、地球的視野と国際交流重視の姿勢は、ワセダの遺伝子として、現在もなお大学教育に引き継がれている。

大隈がドイツ医学採用を決定
早稲田大学に現在、医学部は設置されていない。医学部開設は、以前からOBや大学関係者の大きな関心事の1つである。

ここで歴史をひも解くと、大隈と医学は大いに関係があるのがわかる。明治新政府下、日本の医学に西洋の最新医学を導入するにあたって、イギリスとドイツ、どちらの国の医学を採用するかで意見が割れた。ほぼイギリス医学に傾いていたのだが、明治2年(1869年)ドイツ医学に決まった。

医学史をみると、日本は江戸時代後期に蘭方医学が盛んとなったが、その蘭方は元をたどるとドイツ医学に端を発している。その流れがドイツ医学採用を決定づけた。じつは、医学採用の最終段階のキーマンが新政府で頭角をあらわした大隈だった。長崎時代に指導を受けたフルベッキが新政府の顧問の任を受けていて、そのフルベッキもドイツ医学を推薦したのである。

現在、大学の建っている早稲田の土地の一部は、松本良順が日本初の民間病院「蘭疇舎(らんちゅうしゃ)」を設置した場所だった。松本良順は佐倉順天堂の初代堂主・佐藤泰然の次男で長崎において蘭学を修めた。幕末期、戊辰戦争時、幕府軍に従って出征し、新政府の下、刑に処せられたが、赦されて開設したのが蘭疇舎だった。後に、初代の陸軍軍医総監に就いている。

さらに、大隈はアジア地域の医療に寄与する民間組織「同仁会(どうじんかい)」の会長職を永年にわたり務めている。同時に、大学内に東京同仁医薬学校を開設したものの、経営難にみまわれ閉校になっている。これだけ医学と関係の深い大隈と早稲田にありながら、医学部がないのは不可思議ではある。

さて、今日の医学は、単なる医学、あるいは、医学博士レベルの研究や教育では成立しなくなっている。医学のほかに、工学、理学、化学、機械学、生物学、心理学、社会学、体育学、生理学などあらゆる叡智を結集した発想が不可欠である。早稲田大学は、病院こそ付設していないが、総合大学の強みで、それぞれの分野ですでに優秀な人材と設備を整え、最先端の研究と実績をあげている。

1つの流れとして、早稲田大学では人間科学部が1987年に創部されている。従来の学部の垣根を取り払って、自然科学、人文科学、社会科学の分野を総合した、「文理融合型」の学部である。医学だけでは人間社会が抱える問題を解決できない時代が到来している中での創部だった。

この人間科学部の発想は、どこか、「政経学部」を連想させる。早稲田大学の前身、東京専門学校を設置する際、法科から、政治学や経済学をはずし、しかも政治と経済をドッキングさせた。早稲田大学の看板学部でもある「政経学部」設置はユニークな大英断だった。

悲願の医学部開設は実現するか
また、早稲田はすでに、東京女子医大や日本医科大学、筑波大学医学群などと連携協力して、研究し人材育成にも努めている。こうした発想を持ち、実績を積んでいる今の早稲田大学は明日にでも医学部を始動できる態勢にあるといえる。

最近の早稲田大学に関する医学がらみのニュースとして、早稲田大学付属・系属校から医学部への推薦入学が可能となった。今年四月から日本医科大学へ6人の推薦枠が実施される。早高学院(東京都練馬区)、本庄学院(埼玉県本庄市)、早実高校(東京都国分寺市)の3校からそれぞれ2名ずつ、推薦され入学が可能となる。ワセダから医学部への道の1つが拓けたことになる。

早稲田大学では、2018年11月、田中愛治総長が就任時、「生命医科学の研究・教育を抜本的に拡充する必要がある」と述べている通り、医学部設置の展望を重視している。医学部実現までには険しい道のりと周到な戦略も必要となろう。

現在、医科大や医学部の経営は厳しいものがある。資金力も医学部経営には必須。だが、ワセダは近年、寄付金の多さに加え、OBの熱意が大きな支援材料となっている。

早稲田に医学部設置は徐々に熟成しつつあるという印象を受ける。大隈スピリットを基盤にした国際的視野を持った�狒甍霤聴絣忰瓩傍弃鵑陵�想を現実化させる日がいつ訪れるのか。

本年、2022年は大隈重信没後100年、さらに、早稲田大学創立140周年の節目の年である。このメモリアルイヤーに医学部設置のニュースは発信されるのか。期待が膨らむところである。

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私のコメント :  令和4年7月31日、本年、2022年は大隈重信没後100年、さらに、早稲田大学創立140周年の節目の年です。大隈重信侯 ゆかりある 各 関係者からの、関係者しかわからない その大学における 温故知新 聴き取りの程、早稲田大学 出身 現在の総理大臣からは、日本の文化 学術向上のため、そのご配慮をお願いいたします。現在、大学の建っている早稲田の土地の一部は、佐倉順天堂の初代堂主・佐藤泰然の次男で 長崎において蘭学を修めた 松本良順が、日本初の民間病院「蘭疇舎」を設置した場所だった。母校愛ある 政治家が、日本国内においても、育っていくことができる文教環境の整備が、ますます必要となってきています。
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令和4年7月19日、山口県庁に行き、山口県 健康福祉部 厚政課 保護医療班 林聡美主任 と私は、対談し、コロナウイルス感染症対策支援事業との各対応と関連もあり、山口県知事による 山口県発行 冊子「山口県の生活保護」 記載 説明における内容、不備、不明確な箇所を指摘し、その改善説明も 「山口県の生活保護」においては、更に、加えていくよう、山口県 健康福祉部 厚政課 保護医療班 林聡美主任のもとへ、それを求めた。
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大正・昭和時代に比べ、平成時代を経て後、その間における 小泉改革、並び、郵政改革、アベノミクスによる、山口県下、その福祉における 著しい変化を指摘し、その内容が、奈良県をはじめとし、全国の各地方自治体にも、影響を及ぼしているため、山口県発行「山口県の生活保護」内 記載 統計資料 説明における、その内容、不備、不明確な箇所を山口県 健康福祉部 厚政課 保護医療班 林聡美主任のもとへ 指摘していった。
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