仕事に煮詰まった時の気分転換はいくつかある。
積んである別の案件に手を付ける。
街を散歩し、設備の新しい不具合を探す。
過去に作成した文書を点検し、整理したり改善したりする。
クィリンの日常はおおよそこう言ったもので、仕事と関係のないことどもには、およそ縁がないのであった。
それは長年の仕事を辞し、国際郵便機構の一員となった今でも変わりはなかった。
* * *
この日は、数少ない「仕事と関係のない気分転換」に来ていた。
熱い湯に身を沈め、湯気混じりの風に涼む。
座り仕事で凝りかたまった背中や腰に、心地よく血が巡る。
フゥー…と深く息をつく。
眼を閉じる。
場内に響く雑多な音が、耳を澄ますでもなく、聞こえてくる。
幼子のはしゃぐ声。
体を流す水のはねる音。
高く、低く、さざめく人々の声。
ゆったりと波打つ湯舟の水音。
それらの更に奥から響く、熱が溜まり、膨張し、解放される音。
クィリンの耳は、こんな時でも蒸気機関の音に注意が向いてしまう。
順調だ――。
《蒸気殿》のそれらが滞りなく働く音に満足し、クィリンは更に深く目を閉じた。
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