mixiユーザー(id:16600073)

2022年05月16日19:37

236 view

コーエーの源平合戦で見る「鎌倉殿」・18

九条兼実
知略90武力18優雅80勇名9菩提85加護89無常69弓術15 和歌・音楽

摂関家につらなる公卿。当時の資料として参考にされる日記「玉葉」を書いた人。やはり当時の資料として参考にされる歴史書「愚管抄」を書いた天台宗僧・慈円の実兄。筆まめ兄弟。

有職故実に通じた人物として一目置かれていたが、良くも悪くも先例主義で、潔癖で融通の利かない性格だったため、平家とも後白河院とも折り合いが悪く、官位は頭打ちになっていた。

しかし、義経の挙兵失敗事件が起きると、頼朝追討の宣旨を与えたことへの責任を問う形で、鎌倉方は後白河院に人事刷新を要求。その一環として、これまで院・平家・義仲・義経のどの勢力とも距離があった兼実が抜擢された。兼実は関白にまで進み、頼朝の征夷大将軍就任に尽力。積極的に政治に関わった。

しかし、もとより性格がアレなため、後白河の後を継いだ後鳥羽や土御門通親など、兼実に反発する人間も多かった。さらに後ろ盾となっていた鎌倉方も、大姫入内のために 兼実と距離を置く丹後局へ接近。ついに兼実は失脚した。

晩年は法然の浄土宗に傾倒…したのだけれども、当時としては異端の教えだったため試さずにはいられなかったらしく、法然に「念仏だけで救われるというのであれば、自分の娘と弟子の誰かをさせて、戒律を破って見せてください」と要求。すったもんだの末、兼実の実弟・慈円の元で得度していた縁で、親鸞が兼実の娘と結婚した みたいなエピソードが残っている(ただし親鸞の婚姻に関しては諸説ある。ちなみに松尾先生は兼実の娘との結婚はあった派)。

鎌倉殿、ココリコ田中の「もう一度」リピートにネット「笑ってはいけない鎌倉殿か」
https://www.daily.co.jp/gossip/2022/05/16/0015305080.shtml

ドラマではココリコの人。人物相関表には載っていたのだけれども、これまでほとんどフォーカスされておらず、ある程度目立ったのは今週が初めてだったのではないだろうかと。院の言葉を何度も聞き返したり、先例から外れていることを「未曾有」という言葉で婉曲に非難するあたりが、史実における兼実の立ち位置をなぞっているのだろうと。

ステータス。知略と優雅の高さは当然として、菩提の高さは後年の浄土宗との関わりによるものか。和歌に関しても、定家や俊成といった後の大家の後援者だったことを思えば 当然と言える。

※インデックス
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981626821&owner_id=16600073
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年05月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

最近の日記