一条忠頼
知才62武力77優雅41勇名51菩提40加護45無常32弓術71 貴種
甲斐源氏の武田信義の嫡男。義仲→平家討伐では頼朝に従っているが、甲斐源氏を頼朝の対抗馬にしたい後白河院は、忠頼に恩賞として頼朝の勢力下にある武蔵国の国守に任命。これを知った頼朝の動きは速く、早々に忠頼を鎌倉に呼びつけると、適当な理由をつけて殺害。これが一連の甲斐源氏弾圧の狼煙となった。
一条の名跡は、粛清を免れた弟・武田信光(忠頼の兄弟)の子である武田信長が継いだ。馬場信房や柳沢吉保がこの子孫とされている。忠頼の次男は父に連座して殺害されたが、その子孫は生き残って甘利氏を名乗るようになっている。自民党の甘利明の実家は、この一族だと言われている。
武田信光
知才65武力65優雅24勇名47菩提52加護73無常32弓術80 貴種
武田信義の五男。以前に日記に書いた橘遠茂を捕らえた人。なんとなく甲斐源氏の粛清を免れ御家人に列すると、幕府内の内紛では常に勝ち組に与することに成功し、武田の家名を後世につなげた。
粛清を逃れた理由はハッキリしないが、信光の妻は 頼朝の異母兄である悪源太義平の娘(建前上は新田義重の養女)なので、あるいはそれが理由だったのかもしれない。
ステータス。同じく弓馬四天王と称された海野幸氏が弓術71に留まったのに対して、信光は弓術80の大台に乗っている。源平合戦時、幸氏が十代前半だったのに対して、信光は三十代と成熟していることを考えれば、これくらいの差は仕方ないだろうかと。
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