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2022年04月01日23:50

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佐世保への旅

今年の秋、9月23日に西九州新幹線の武雄温泉と長崎の間が開業する。
整備新幹線計画の一環であるから、新幹線の開業に伴い平行在来線である長崎本線肥前山口-諫早が経営分離され、コストの掛かる交流電化も廃され非電化となる。
なので、新幹線開業前に、乗り鉄撮り鉄をしておきたいと、18きっぷで遠征する計画を立てていた。
出発が境界になったのは、仕事の都合に寄る。

京都5時21分の始発、快速姫路行きに乗るべく汁パレスを出る。
昨日も同じ電車で仕事に行っている。
ローソンでお茶を買って駅前郵便局の前まで来たら、ベトナム人らしき輩が暴れている。
「シネexclamation ×2ボケexclamation ×2シネexclamation ×2」と大声で喚きながら暴れている様は、ちょっとした恐怖だ。
5時21分の快速姫路行きは、昨日以上に混んでいる。
それでも、何とか座れた。
山崎の辺りで薄明るくなって来る。
後はもう、半分眠った感じで駅メモをやっていた。

姫路には7時30分の到着。
31分の新見行きに乗車。
115系の4輛でかなりの混雑。
通常のラッシュに加え18きっぷトラベラーもかなりいるのだろう。
姫路行きの快速が到着した時点で、ほぼ座席が埋まっていたから、立ち席になる。
相生で大分空いたから、何とか座れた。
ただ、窓側は無理。
ここから岡山まで、山越えの区間になり、駅間が開く。
上郡で通学の高校生達が下車して、車内は18きっぷトラベラーばかりになった。
そして、漸く窓側に座れ、旅の気分が膨らんで来る。
すっきりとした青空の下に青々とした山々が連なり、山に囲まれた土地が田畑となっている。
美しい日本の原風景。
そこに、HOUND DOGの「Again」が流れて来る。
鉱山で栄えた三石を過ぎ岡山県へと入る。
和気を過ぎると吉井川に沿って走る。
桜並木が美しい。
春の日に照らされて、吉井川の水が明るく輝いている。
熊山を過ぎ、「曲がった鉄橋」で、吉井川を渡る。
丁度、上りの115系が吉井川橋梁を渡るのが見えた。
瀬戸で「スーパーいなば」に抜かされる。
西川原を過ぎ旭川を渡ると、黄金色に輝く大黒様が橋の向こうに見えた。
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岡山、9時8分着。
向かいのホームに停車している9時11分発の三原行きに乗車。
此方も115系の4輛編成。
如何にも岡山の近郊電車と云う雰囲気で、込み合っている。
倉敷では伯備線からの特急「やくも」が遅れていたから、接続待ち。
3分遅れで発車。
晴れの国岡山をひた走る。
笠岡を過ぎ広島県に入る。
福山で乗客が入れ替わる。
ここで海側の座席へと移動出来た。
福山から先、東尾道から糸崎までは山がせり出し、海と山に狭まれた尾道の町を抜ける。
狭い瀬戸内の水道に造船所などが建ち並び、なかなか見応えのある車窓が広がる。
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10時45分、糸崎に到着。
10時53分発の岩国行きに乗り換える。
227系4輛編成。
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次の三原で、ほぼ座席が埋まる。

三原からはまた、瀬野八を含む山越え路線。
呉線と別れトンネルに入り、右に左にカーブを描きながら勾配を攻める。
本郷を過ぎると、「小早川隆景居城・新高山城跡」なる看板が目に入った。
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なかなか急峻な山のようである。
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そうして、谷を跨ぐ広島空港大橋が見えて来る。
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同じ山陽本線の山越え路線とは云え相生-岡山に比べたらまだ拓けた印象を受ける。
河内、白市と停車して酒処として名高い西条に到着。
ほぼ座席が埋まった。
西条を出て暫くすると、八本松。
所謂、セノハチの難所で瀬野から八本松の間、上りの貨物列車には補助機関車が連結される。
此方は下りなので、三原から先、延々と上って来た勾配を一気に下って行く。
深い山合いの谷を、曲がりくねりながら下って行く。

セノハチを下りきり、海田市を過ぎて広島に到着。
乗客が入れ替わる。
そして、広島近郊区間を走る。
広島市の中心部を避ける様に太田川の三角洲を幾つかの橋梁で渡る。
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西広島から宮島口までは、広電と並走する。
宮島を眺めて13時4分、岩国に到着。
次の13時44分の山陽本線新山口行きに乗ろうかと思っていたのだが、13時29分に岩徳線の徳山行きがある。
徳山から先は同じ列車になるので、2003年3月以来19年振りの岩徳線に乗車してみる。
キハ40の単行で、首都圏色なのが、また国鉄ぽくて良い。
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岩徳線は、柳井周りの海岸線を走る山陽本線のバイパスとして建設された路線で、山の中を徳山まで一直線に結んでいる。
開通してすぐに山陽本線に編入され、柳井周りの海岸線は柳井線と云う路線になった。
しかし、蒸気機関車時代であり勾配がきつくトンネルが連続する路線だったから、机上の通りの効果が上がらない。
その上、大東亜戦争が始まり輸送力増強が必要になり柳井線を複線化し山陽本線に戻す事となった。
そして山線は岩徳線と云うローカル線に落ちぶれ果てた。
歴史の光と影を見るような路線である。

岩国を定刻に発車。
岩国の町を抜けて西岩国に到着。
錦川鉄道の車輛と交換する。
かつて岩国の玄関駅であり、「岩国 」の駅名を名乗っていた。
東京から下関を結ぶ特別急行も停車していたから、ホームは長く駅舎は重圧感がある。
西岩国を出て錦川を渡ると、先月行った岩国城が見えて来た。
そして錦川鉄道との分岐駅である川西に到着。
道祖峠トンネルを抜け、森ヶ原信号場で錦川鉄道の路線が右へ離れて行き、岩徳線は再び森ヶ原トンネルへと吸い込まれる。
トンネルを抜けると錦川の支流、御庄川に沿って走る。
勾配が厳しいのか、物凄い低速でエンジンが唸りを上げている。
桜が美しい柱野を過ぎ、岩徳線で最も長い、最大の難所である欽明路トンネルに入る。
欽明路トンネルを抜けると、笹見川と本流の島田川に沿って走る。
岩徳線で最も新しい駅である欽明路を過ぎ、玖珂に停車。
かなりの下車があった。
駅構内に貼られていたペンギンのポスターが可愛い。
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次の周防高森でもかなり下車して、車内は空き席が目立つ位になる。
構内は広く、幾つものホームと路線の跡が残っていた。
岩徳線が山陽本線だった時代の、中心的な駅だったのだろう。
米川を出ると、島田川が瀬戸内海に向けて去って行く。
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岩徳線で二番目の長さの中山トンネルを抜け高水。
岩国行きが停車していた。
そして、短いトンネルを幾つも抜けて行く。
14時41分、山陽本線と合流する櫛ヶ浜に到着。
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終点の徳山は次の駅だが、ここで新山口行きに乗り換える。
駅前には出光のコンビナートが広がっている、何とも殺風景な駅ではあるが、構内はそれなりに味がある。

14時47分発、新山口行きに乗車。
227系の4輛で、この列車が、元々山陽本線経由で乗車する予定だった列車。
次の徳山で乗客が入れ替わるから、旨く座席に座れた。
岩徳線の列車で徳山まで行っていたら、望みの席に座れなかっただろう。
海側に陣取り、瀬戸内を旅する。
戸田を過ぎると瀬戸内海の際を走る。
瀬戸内の島々が、手に取る様だ。
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海は青く穏やかで、桜が満開でまさに春の海。
富海を出ると、また海から離れて行く。
珍しく車掌が検札に来た。

新山口には15時39分到着。
1分接続で下関行きに乗り換える。
車輛は、国鉄末期に広島地区で列車運転本数を増やす「ひろしまシティ電車」の為に導入された115系3000番台4輛編成。
最初から2っ扉に転換クロスシートを導入しサービスの体質改善も行った画期的な車輛。
しかし、登場から40年近くが経ち、随分と草臥れ果てている。
車内に入ると、隙間風のせいか少しひんやりとした。
それでも、私の好きな車輛であるし、また、当時は明るい瀬戸内色と共に憧れの車輛であった。
新山口から、内陸を走る。
海沿いを行く宇部線か左に離れて行った。
山合いを走るから、駅間も長い。
宇部で、海側をぐるりと回って来た宇部線と合流。
次の小野田では、宇部線から分岐して海側を回って来た小野田線とも合流する。
そして、厚狭では長門市からやって来た美祢線と合流した。
新下関を過ぎ幡生の車庫に、新快速のルーツ関西急電として戦前から活躍していたモハ42が留置されていた。
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このモハ42が小野田線を最後に現役引退した2003年、わざわざ乗り鉄と撮り鉄に来たのだが、その行きしなに岩徳線にも初乗りしたのだ。
16時49分、下関に到着。

小倉からの列車の到着が2分ほど遅れているとの案内がある。
なので、折り返し岩国行きも小倉からの列車を待って発車した。
折り返し17時3分発の小倉行きはロングシート改造された415系。
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下関を出ると、関門トンネルに入る。
日本初の海底トンネルを抜けて門司に到着。
2019年8月以来、約3年振りの九州。
門司を出ると、右手側に広大な貨物駅が広がる。
側線が幾つも引かれており、大量の機関車が停車している。
反対側は山が迫り住宅が張り付いている。
そんな狭い土地に貨物と機関車が犇めき合っているのである。
この風景を見る度に「ああ、九州に来たなあ」と思うのである。

小倉に17時19分着。
次は17時42分の区間快速大牟田行き。
暫く時間があるのでお土産などを見て廻る。
そして、ホームに降りると813系9輛編成の折り返し区間快速が到着した。
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座席を取ってから、小倉駅7・8番ホーム名物「北九州駅弁」の「かしわうどん」を頂く。
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考えてみれば、今日は朝、汁パレスでラーメン食べて、その後は11時頃に汁パレスで作って来たサンドイッチ。
そして、13時過ぎに同じく汁パレスで作って来たお握りを食べただけ。
何か、まともな食事をした気がしないでもない。
柔らかめのうどんに、甘めに炊いたかしわが乗り、実に旨い。

区間快速は、福間までは各駅に停車する。
小倉から先、折尾の辺りまでは貨物線が走っていたり、短絡線など色々な路線が乗り入れており、なかなか面白い。
黒崎では、筑豊電気鉄道が乗り入れている。
丁度、黒崎駅前に電車が到着した所であった。
チンチン電車みたいな2輛編成。
暫くは鹿児島本線に並走していたが、直に左へとカーブして行った。
折尾は、筑豊本線との分岐駅なのだが、駅の大改造が行われており、短絡線なども剥がされ面影が全くなくなっていた。
折尾を過ぎると、車窓ものどかな風景に変わって行く。
18時を回り日が西へと傾き夕方の気配が漂う。
赤間では特急「ソニック」の通過待ちで3分ほど停車する。
ホームに「宗像大社」の看板があるが、最寄り駅は次の東郷である。
その看板の横を「ソニック」が通過して行った。
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赤間を出ると、また段々と街になって行く。
福間を過ぎると久留米まで快速運転になる。
とは云え、新快速みたいに大胆に通過して行く訳でも無い。
香椎線が縦断する香椎まで来ると、辺りも大分と暗くなって、車窓を眺めるのも難しくなって来た。
19時4分、博多に到着。
帰宅ラッシュで車内が込み合うが、大阪梅田辺りに比べたら随分とましである。
景色も見えないから、何となく列車に揺られる。
こう云う時は、どうしても昔の事を思い出す。
初めて鹿児島本線で原田を通った時は、筑豊本線の普通列車が50系だった。
基山から分岐する甘木鉄道に乗り鉄しに来たのは、つい最近の様だが、もう10年も昔の話だった。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1834324972&owner_id=5677348
そうこうしている内に、19時35分、鳥栖に到着。
鳥栖に来たならば、鳥栖駅名物中央軒「かしわうどん」を頂かねばならない。
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此方のかしわうどんも、甘辛く炊いたかしわが乗っている。
うどんは、小倉のものより少し太く、出汁の甘味も強い。
甲乙つけがたい味である。

20時1分発の早岐行きは817系2輛で停車していた。
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発車間際に、鹿児島本線の列車が接続して、込み合う。
吉野ヶ里などを過ぎ、30分足らずで佐賀に到着。
高架の島式ホームが二面四線と、県庁所在地とは思えぬ控え目なホーム。
阪急の高槻市並みの駅だった。
肥前山口で、博多行き特急「みどり」と交換。
そして長崎行き特急「かめめ」に抜かれる。
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肥前山口は小学生の時分のブルトレブームの時に寝台特急「さくら」が長崎編成と佐世保編成が分岐する駅として紹介されていた。
色々な本で紹介され、また駅名の雰囲気も印象に残るものだったから、子供の頃から知っていた。
残念ながら「さくら」で通る事はなかったが、京都発の寝台特急「あかつき」ではここを通過した事はある。

肥前山口を出て、西九州新幹線の暫定始発駅になる武雄温泉を過ぎると、山の中を走るのか、田舎なのか灯りすら見えなくなった。
漆黒の闇の中を走る。
松浦鉄道との分岐駅である有田を出て、三間坂で博多行き特急「みどり」と交換。
そして21時41分、早岐に到着。
次の列車は22時24分発の佐世保行き。
40分近く時間がある。
駅前に「エレナ早岐店」と云う大型スーパーがあったので、行ってみた。
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22時閉店だから余り余裕はなかったが、お土産などを購入出来た。

早岐から、乗車券のみで乗車出来るとの事で、佐世保発22時18分の783系特急「みどり27号」に乗車した。
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4号車B室14AB席に陣取る。
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10分ダラスで佐世保に到着。
佐世保から、22時42分発の松浦鉄道MR-600形の佐々行きに乗車。
22時45分着の中佐世保で下車。
なかなか、凄まじい駅であった。
フォトお
商店街の中にある快活CLUB佐世保四ヶ町店の212号にチェックイン。
明日まで仮眠を取ろうと思う。
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