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2022年03月29日17:08

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おそらく「鎌倉殿」には出てこない人・5

安田義定
知才58武力73優雅28勇名54菩提44加護70無情31弓術77

甲斐源氏の一人。以仁王の令旨により決起し、頼朝や武田信義と連携して富士川で勝利して、半ば独立勢力として遠江を実効支配。頼朝に後白河院の宣旨が下って以降は、頼朝に臣従する形となり、一ノ谷などで活躍。一時は御家人として高い地位を得たが、その後に甲斐源氏の大粛清に巻き込まれ、まず息子が後白河院の女官に手を出したとして斬罪になり、義定自身も数年後に謀反の企みありとして滅ぼされた みたいなプロフィール。ステータスもプロフィールどおりという印象。

ちなみに安田義定は遠江を実効支配していたため、平治の乱以降出生地である遠江で保護されていた源範頼は、当初は頼朝ではなく安田義定と連携していたのではないかと言われている。

※インデックス
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981626821&owner_id=16600073

で、この日記で本当に書きたいのは安田義定ではなく、義定が就職に関わった ゲームにもドラマにも出てこなかった人物「伏見広綱」のこと。


富士川から2年経った1182年。頼朝から「文官的な役割をこなせる人物はいないか」と相談を受けた義定が、頼朝に推挙したのが、遠江のインテリ風味の豪族 伏見広綱。

ドラマでは早々に中原・大江・二階堂が鎌倉に顔を揃えたが、史実では中原が鎌倉に辿り着いたかどうかというところで、少なくても大江や三善はまだ確実に京都にいる状況。脳筋だらけの坂東武者の中、インテリはとにかく貴重で、ちょっとでも目端の利くやつだったら即採用みたいな感じだったのだろうと。梶原景時や工藤祐経が頼朝に殊の外重用されたのも、坂東武者の中ではインテリだったからではないかと思う。

で、そうして頼朝の右筆(秘書官)として採用された広綱の最初の仕事は、新田義重の娘(頼朝の実兄・義平の未亡人)に頼朝の艷書を届ける使い。いかがなものかとは思うけれど、これで頼朝の信頼を得たのか、この半年後には 頼朝から大切な愛人を預けられて、自分の館に匿っている。その愛人の名は、亀の前。

亀の前の存在に気づいた北条一門は、亀の前の居住する広綱の屋敷に対し 牧宗親を使ってうわなり打ちを敢行。一応の武士である広綱までもが命の危険を感じるような猛攻を受け、広綱の屋敷は大破。広綱は亀の前を連れて、三浦一族である大多和義久の屋敷に逃亡。いわゆる亀の前事件。

亀の前事件は頼朝の逆ギレのせいで大いにこじれ、北条氏が 義時を除いて全員伊豆に退去するという大騒動にまで発展。誰かしらが落とし前をつけなければいけなくなってしまい、結局 広綱がスケープゴートになる形で流罪。義定の推挙からわずか7ヶ月というスピード流刑だった というオチ。ただただ気の毒としか言えない人物。

もっとも、広綱の流刑先は遠江だったわけで、建前として流罪にしただけで、実際には地元に返しただけ みたいなものだった可能性。広綱が巻き込まれただけだったというのは、北条氏だって理解はしていただろうと。


ちなみに、新田義重の回にも書いたとおり、兄の未亡人に手を出そうとした頼朝の企みは、その父である新田義重の拒絶によって阻止されたが、そのせいで義重は頼朝から冷遇され、結局そのまま鎌倉時代を通して新田は日の目を見られなかった。その恨みが後の新田義貞の倒幕運動につながるのだから、頼朝は女癖の悪さは 本当にろくなことにならないなと。
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