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2022年02月25日09:28

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ムダイ

2月19日から内部移動で、僕は調理場から用度に移った。

先月初めの皮膚科でのパッチテストでラテックスアレルギー反応が出てしまったからだ。
日常的にゴム手袋を使用すると、また手が荒れてしまう可能性があり現実的に厨房での作業は厳しいだろうとの判断らしい。

僕は今までずっと調理師として生活してきたが、ここへきてこんな事になろうとは、自分自身想像出来なかった。

去年の11月中頃、両手・両腕が酷くかぶれてしまい、通常の作業が困難になって、当初は2カ月の通院・自宅療養の診断が下ったが、その後また1ヶ月延長となり計3ヶ月も休んでしまった。

乾癬からの酷いかぶれで、最初の20日間は手がまともに動かず、車の運転はおろかお箸でご飯を食べるのも困難だった。
皮膚のターンオーバーが通常の10倍近くの速さになってしまい、特に両手は皮膚が異常に分厚くなり、そこからバリバリと皮膚が割れてしまう…身体中に赤い発疹、それが瘡蓋みたいになってポロポロと落ちる、頭皮もフケ症みたいになってしまい、自分のいる所が雪でも降ったかのように白くなった。

もう、いちいち掃除機を引っ張り出して掃除するのがとても面倒なので、僕の近くには常にホウキ🧹とチリトリを置いていた。痛みより、そんな状況がとても不憫で切なかった。

30数年ぶりに正月を家で過ごしたが、ほぼ家から一歩も出なかった。
嫁様や子供たちは塞ぎ込んだ僕を元気付ようと初詣に誘ってくれたが、全くそんな気になれなかった。何もしたくなかった。
これから、どうなるのかな?そんなことばかり悩んでた。
あの頃の僕は、職場復帰は現実的に思えず、スパッと辞めようかな…みたいな感じでした。
実際のところ、職場のお偉いさん方もこんなポンコツな僕をどこに充てがうか悩んでたと思う。

今ようやく自分の居場所を確保出来たが、コロナ禍で不景気な中、これからまたどうなるかは未知だろう。

大人気で流行っていた職場だが、この状況はやはり厳しいところだ。

日記ではよく強がったことを書いていたが、実際の所は毎日が不安だった。

そして、僕の不安な気持ちが家族にも伝染してしまった。
不意に病気になってしまうのは不可抗力とは言え、嫁様や子供たちにはとても迷惑をかけてしまい申し訳ないと思う。
今は自分ができる事をやるだけ…

それだけだ。


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