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2021年12月25日12:50

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🎄ホワイトクリスマス🎄

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今日が本当のクリスマスクリスマス
今日は天気予報通り、早朝から雨から☂雪に☃なりました。
が、気温が高いせいか、今のところ積雪になってはいません。
降雪が本格的になるのは これからです。
文字通り、ホワイトクリスマスクリスマス
では ありませんでした!クリスマスあせあせ

以前のmixiニュースバッド(下向き矢印)
クリスマスの歴史とトリビア
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=126&from=diary&id=2700674
まさに聖なる日でありますが、
ワダス(´キスマーク`)の場合はバースデーレストラン(^0^)ワイングラス

資料として保存のため、コピペしました。バッド(下向き矢印)
イブの今夜、クリスマスの起源から最近の祝われ方まで、あれこれをまとめてみた。

◆クリスマスはなぜこの季節なのか

 最も昼が短く、夜が一番長い冬至を過ぎると、太陽が再び高く昇るようになる。この季節を祝う風習は、イエス・キリストの誕生以前から各地に存在したごく自然な振る舞いだった。

 古代ローマのサートゥルナーリア祭もその一つで、常緑樹を家に置き、ごちそうを食べ、贈り物を渡すなど、今日のクリスマスの直接的な「先祖」とみなされることもある。

 両者がこれほど似ている理由は、キリスト教徒が古代ローマの祝祭を乗っ取ったからだというのが現在の定説だ。古代ローマの祝祭シーズンの真っただ中に「キリストの誕生日」を配置し、キリスト教の祝祭に変容させようと図ったというわけである。

 カナダにあるマニトバ大学の歴史学者でクリスマス史を専門とするゲリー・ボウラー(Gerry Bowler)氏は、「ほぼ妥当な説と言える」と話す。

 ただし、異論を唱える信者は、「誕生日を12月25日と想定することには十分な根拠がある」と主張している。古代のキリスト教では、偉大な人物は受胎日と死亡日が一致すると考えられており、3月25日に処刑されたイエスは受胎日も同じ日で、9カ月後に降誕したと考えてもおかしくないという。

◆キリスト不在のクリスマス

 キリスト教徒たちは、現在のクリスマスは装飾と騒音と物質主義にあふれ、「救い主」の存在が失われていると嘆く(ヘブライ語のメシアを古典ギリシャ語に訳したのがクリストス、日本語表記のキリストとなっている)。その典型が日本のクリスマスだ。日本のキリスト教信者は人口の1%前後に過ぎないが、独特なバージョンのクリスマスが人気のイベントと化している。

 日本人が年に一度の祝祭を知るようになったのは第一次世界大戦の頃。おもちゃやさまざまな商品を大量生産できる国力を身に付け始めた時期に当たる。

 1945年以降アメリカの占領下に置かれると、クリスマスの風習が本格的に浸透するようになるが、キリスト教徒の祝祭としてではなく、国民性に合う独特のイベントとして溶け込んでいく。

「今やバレンタインデーと並んで、西洋人が驚くハイブリッドなクリスマスが誕生した」とボウラー氏は語る。東京駅など、さまざまなスポットで派手な装飾やライトアップが行われる中、人々はプレゼントを交換するが、休日ではないので、仕事は通常通り行う。「ガールフレンドにプレゼントを買って、すてきなレストランに誘う夜のイベントになっている」。

 日本独自のクリスマスケーキも大人気で、12月25日まではおみやげ用にさまざまな店で販売されている。ただし26日になると、一気に投げ売りが始まるという。

◆クリスマスツリー

 常緑植物や常緑樹は、キリスト教が普及するはるか以前から、ヨーロッパをはじめとする世界各地の、冬至や新年の祝祭に欠かせないアイテムだ。クリスマスツリーもそこから派生している。

 屋外に飾るスタイルは1400年代にその兆しがみられ、その後ドイツ語圏を中心に普及し、室内向けのツリーや華やかな装飾品が登場するようになった。英語圏で広まったのは、ドイツ系の夫を持つビクトリア女王の統治時代(1837〜1901年)。ボウラー氏は、「この時期に市販のツリーが登場するようになった」と解説する。

◆クリスマスカード

 市販のクリスマスカードはルーツがはっきりしており、170年前に世界で初めて大量生産されたクリスマスカードが現存している。第1回のロンドン万国博覧会でデザイン著作権の確立に尽力したイギリスのヘンリー・コールが1843年、手書きのカードを作成する手間を省くため、1000枚のカードを印刷して彩色するよう画家J・C・ホースリーに依頼したのが始まりだ。

「イギリスやアメリカでは、1820〜1830年代にバレンタインデーカードがブームとなっている。彼もそこから着想を得たのだろう」。

◆クリスマス禁止令

 華やかな面だけがクリスマスの歴史ではない。マサチューセッツ大学アマースト校の名誉教授でクリスマス史を専門とするスティーブン・ニッセンバウム(Stephen Nissenbaum)氏は、「ピューリタンによって禁止されたことがある」と話す。

「ピューリタンは聖書の記述を厳格に解釈するが、“キリストの誕生を祝うように”とは一言も書かれていない」。

ピューリタンたちが政治権力を握ると、クリスマスの祝祭を禁止するようになった。オリバー・クロムウェルが議会を掌握したイングランドでは、1647年にクリスマス禁止令が布告されている(その後、1660年にイングランド王チャールズ2世によって撤回)。

◆酒宴としてのクリスマス

 ピューリタンがクリスマスを禁止したのは、当時の祝い方があまりに乱れていたからでもある。「路上は、きつい酒を大量に飲んで大騒ぎをする者たちであふれていた。仮面や異性の服で変装し、富裕層の家から家へと渡り歩く。扉をたたいては、食料や酒、場合によっては金を要求した。つまり、たちの悪い大人版の“トリック・オア・トリート”だ」。

◆サンタクロースがやって来た

「その後、1800年代に入ると、アメリカでも都市化や産業化が進展し、クリスマスが荒れた酒宴と化すようになる」とニッセンバウム氏。

政府当局による取り締まりが強化され、警察が介入するようになった。その一方で、クリスマスのあり方を変えようとする動きも現れ始める。そう、サンタクロースがやって来たのだ。

 文学や童話、漫画などによって現代のサンタ像が生み出され、クリスマスは「荒れた酒宴」から「家庭的な優しい祝祭」へと変貌を遂げる。

◆過剰なクリスマス?

 現代のクリスマスは、あまりに商業的だと批判する人は多い。11〜12月だけで年間売り上げの40%を稼ぐ小売店もあるという。

「しかし、もともと過剰なお祭り騒ぎなのだ」とニッセンバウム氏は説く。「今のあり方も、むしろ伝統に沿っているとも言える。浮かれる対象が、酒やバクチからショッピングに変わっただけだ」。


Brian Handwerk for National Geographic News

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