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2021年11月10日11:54

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11月10日 本日の一言メッセージ

ぴかぴか(新しい)〈11/10(水)本日の一言メッセージ+動画+α〉

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22310 (写真入り記事)

ラブレター「人を裁くな。しかし、罪は裁け!」

聖書は、「人を裁いてはいけない!」と語ります。

これはジョークですが、「さばいていいのは魚だけ!」・・・。

「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』。などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます」(マタイ7:1〜5)。

しかし、それを拡大解釈し、拡大適用する人がいない訳ではありません。

教会の中で、明らかに聖書が禁じる罪を犯し続けている人がいて、注意した時に、「聖書には、『人を裁いてはいけない』と書いてあるのだから、裁くのはやめましょう」と言う人がいました。

それは正しいでしょうか?

はっきり白黒が定められた罪に関しては裁かなければいけないのではないでしょうか。

しかし、その時に注意すべきことがあります。

いきなり公の場で注意するのではなく、「一対一」での注意からはじめることです。

しかし、「一対一」の注意で解決ができなければ、次に、「牧師などのリーダーや仲介者に入ってもらって」改めて注意します。

しかし、この時点でも、公にはなっていません。

それでも聞いてくれない時に、「はじめて公にする」のです。

案外、このルールが守られていない場合があります。

いきなり、SNSやメディアで糾弾したり、噂話として広げてしまうということを何度も見て来ました。

聖書は、イエス様の言葉として、上記のようなプロセスを踏んで注意・訓戒し、罪を除き、解決をして、兄弟として共に生きていく努力をするべきであることを教えます。

「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい」(マタイ18:15〜17)。

そして、「教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい」とありますが、「異邦人か取税人のように扱う」とは、冷たく、つらく当たるのではなく、求道者に接するように、一から説明をし、なぜ罪を犯すことがいけないのかを優しく諭したいものです。

それでも聞き入れてもらえなければ、除名などの、それなりの対処が必要になるでしょう。

しかし、罪が発覚した以上、容赦なく責めて、セカンドチャンスを与えないのではなく、罪を悔い改めるならば、どこまでも赦し、隠密に事を運びたいものです。

私たちクリスチャンは、家族なのです。

そして、働き人同士は、ライバル関係にある同業者ではなく、共に一つの目的のために力を合わせる同労者なのです。

それを忘れてはいけません。

イエス様は、ペテロの「人の罪を何度まで赦すべきですか?」の質問に対して、下記のように、「無限に赦すべきだ」と教えられました。

「そのとき、ペテロがみもとに来て言った。『主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか』。イエスは言われた。『七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。しかし、彼は返済することができなかったので、その主人は彼に、自分も妻子も持ち物全部も売って返済するように命じた。それで、このしもべは、主人の前にひれ伏して、「どうかご猶予ください。そうすれば全部お払いいたします」と言った。しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、「借金を返せ」と言った。彼の仲間は、ひれ伏して、「もう少し待ってくれ。そうしたら返すから」と言って頼んだ。しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。彼の仲間たちは事の成り行きを見て、非常に悲しみ、行って、その一部始終を主人に話した。そこで、主人は彼を呼びつけて言った。「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです』」(マタイ18:21〜35)。

次に、あなたが被害者となった場合、加害者に対してどう接するべきでしょうか?

「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる』」(ローマ12:18〜19)。

悔しさをガマンして、堪えて泣きながら寝入ることを「泣き寝入り」と言いますが、泣き寝入りを教えているのではありません。

赦すと共に、自ら復讐をするのではなく、主に復讐を任せることが大切です。

「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる』」(ローマ12:19)と言われた主に、復讐を任せることです。

次のような考えが、心の中で頭をもたげるのではないでしょうか。

「【主】は怒るのにおそく、恵み豊かである」(民数記14:18a)。

しかし、後半には、「咎とそむきを赦すが、罰すべき者は必ず罰して、父の咎を子に報い、三代、四代に及ぼす』」(民数記18:18b)と書かれています。

自ら復讐しないで、相手を赦し、復讐を主に委ねるならば、気分は悪くならないし、自分の手を汚すことはなく、さらに、公正で正しい裁きをくだしていただけるのです。

「【主】は怒るのにおそく、恵み豊かである」(民数記14:18a)から、神に変わって成敗してやる。

「こいつを放置して置いたら、他の人も被害に遭ってしまう可能性がある」などと、復讐の大義はいくらでもありますが、神は、「咎とそむきを赦すが、罰すべき者は必ず罰して、父の咎を子に報い、三代、四代に及ぼす』」(民数記18:18b)お方なのです。主の手に委ねましょう。

最後に、「裁いてはいけない」のは、白黒つけられないグレーゾーンの領域のことに対してです。

例えば、酒やタバコに関して、教会で問題になることがあります。

酒は、少量は胃薬になり、奨められています。しかし、酒に酔って理性を失うなら、それは「酒に酔ってはならない」の領域に入ります。

愛という観点から見て、酒に酔った状態は、相手に対して失礼であるので愛ではありません。

また、罪の誘惑に弱い状態にあるので、避けた方が良いでしょう。

タバコは、聖書で触れていませんが、タバコを吸わない人に受動喫煙させたり、歩きタバコをすることで、すれ違う人に火傷を負わせてしまう可能性があります。

タバコも、愛という観点から見て、人に迷惑をかけないことが大切です。

現代において難しいのは、LGBTの問題です。聖書は、それを許容していません。

しかし、それだけをクローズアップすると必ず論争が起こり、問題となります。

人はみな罪人なのです。

「義人はいない。ひとりもいない」(ローマ3:10)。

仮に、10のうち9が正しくても、1の罪を犯せば、10の罪を犯したのと同じです。

イエス様は、人を見下し、「バカ者」と呼ぶだけで、「殺人と同じ罪を犯した。」異性を情欲を持って見るならば、「姦淫と同じ罪を犯した」と教えているのです。

「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます」(マタイ5:21〜22)。

「『姦淫してはならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」(マタイ5:27〜28)。

罪は、優劣つけることなく扱うならば、安易に、人を責められないし、どんな人にも愛を持って接しなければいけないことがわかります。

私たちは裁判官ではないのです。互いに、兄弟姉妹であり、家族なのです。

「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです」(ガラテヤ6:1〜3)。

罪に対して向き合い、関わる時に、絶対に忘れてはいけないのが、柔和な心です。

しかし、お互い罪人だし、「多目に見て行こう」と罪をうやむやにしてはいけません。

だかかといって、原理的に、裁判官のように相手を裁くのも違います。

家族、こと、自分の子どもに対するように、優しく、愛を持って扱うのです。

そうしたら、神様が働いてくださり、良きに計ってくださると信じます。

「裁いてはいけない」そして、「さばかなければいけないこと」に対することを少し整理して文章にまとめてみました。

神様の愛によって今日の私があるのです。

私たちは、その神の愛を、無条件、かつ、一方的に頂いたのです。

その神から愛を受けたことを土台に、自ら罪を離れたいと願い、祈っていきましょう。

また、柔和な心で他の人の罪にも向き合っていきたいものです。



🧡<毎日更新>【動画メッセージ】
『


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ハート(緑)<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介の動画】
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かわいい<本日の活動予定>
(ルーティンを除く)
・クリスマス講演会の講演準備
・田町駅 路傍伝道(17時〜19時)

※電話を頂いても受け取れない可能性があります。ご用件がありましたら、メール(sgr_ch@ybb.ne.jp)や文章で要件をお知らせ頂けますと感謝です。よろしくお願いします。


ハート(矢)「編集後記的メッセージ 『裁く、裁かない選択』」

罪を裁く、裁かないに関しては、簡単に答えは出せません。

ある牧師の罪に対して、対照的な判決をくださした2つの教団を知っています。

ある教団は、徹底的に糾弾して、牧師生命を抹殺しました。

ある教団は、「神が裁かれる」と結論を出して、罪を諌めましたが、隠密に事を運び、牧師の活動を全うしました。

似ている問題ではあるけれど、全く同じ問題ではないため、単純に比較はできませんが、罪に対してどう扱うかのガイドラインは聖書です。

みなさんに置かれましては、上記のような罪の問題を裁く機会はまずないだろうと思いますが、聖書から外れないこと。そして、何よりも祈ることによって、聖霊の導きを受けることが大切です。

そして、個人の被害に関しては、基本的に赦しを選択し、復讐と裁きを神に委ねていきましょう。

もし、難しい問題で、一人で解決できなくて困っていることがありましたら、守秘義務が守られる中で、相談に乗ることもできます。

赦さないことが、加害者に対する復讐にはなりません。加害者を赦し、加害者から自由になることが、真の復讐であり、勝利なのです。

その背後に働く悪魔・悪霊は、赦さない感情と決断を用いて、家族を仲違いさせて、内部分裂を起こさせ、神から遠ざけようとしているのですから。



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