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2021年10月10日20:13

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無念

本日起床、午前9時23分。
今日は外仕事なし。原稿関連仕事はせず休日に。

■本日の失敗:十代目柳家小三治の訃報。十月七日。遅れてきた落語マニアにとって、できるだけ昭和の大師匠の生高座に接したいものだと思っていたが、小三治師匠はついぞかなわぬことになってしまった。
東京へ仕事で行くたびに定席の寄席へ足をはこび、いつかはどこかの小屋で小三治主任の席にあたらないものかと思っていたが……。それと、二年ほど前から、コロナ禍のせいで会議がリモートになってしまったこともあり、東京へ行く機会はさらに減っていたのも無念であった。やれやれ……。

故五代目柳家小さん門下は、四代目柳家小せん、二代目柳家さん助、立川談志、五代目柳家つばめ、六代目柳亭燕路、十代目柳家小三治……と続く。四代目小せんから六代目燕路まではみな他界していたから、現状、五代目小さん門下の最長老が小三治だった。ちなみに、小三治の一つ下の九代目入船亭扇橋は、新宿末廣亭で生高座に接することができた。小三治まであと一歩と思ったものだが。なお、扇橋も六年前にすでに鬼籍の人だ。

立川談志が二ツ目で柳家小ゑんだったとき、師匠小さんに直接「小三治の名跡がほしい」と訴えたことがあったと、ものの本で読んだことがある。しかし、五代目小さんはそれを退けた。小さんは「そのかわり別の名を考えている」と言って、若き談志(小ゑん)に、「つばめ」を継がそうとした由だが、それに反発した小ゑんは、自分で「談志」の名跡を発掘して自ら襲名したのである。師匠小さんと談志は、もうこのあたりから反発しあっていたのだろう。ただ、オレが思うに、けっして確執ではない。小さんと談志には、談志が落語協会を離脱しても、終生強固な心理的信頼関係はあったと思える。

五代目小さんの前名は「小三治」だ。また、それ以前にも「小三治」から「小さん」を襲名した落語家が二人いる。してみると、若き日の立川談志は「小三治」から「小さん」にと望んでいたのだろうか。ここのところは、もう今となってはわからない。

ただ、この七日に亡くなった小三治は「小さん」にとは思っていなかったようである。小三治は小三治という名を大きくした。小三治はそれに充足していたようだ。
お宝映像で、五代目柳家小さん・立川談志・十代目柳家小三治によるリレー落語(正確にはリレーではないが)で「餅屋問答」をもっている。これを追悼に視聴しよう。合掌。

□本日のウォーミングアップ落語:十一代目桂文治「浮世床」。

□昨夜のクーリングダウン・チューン:PassCode「SPARK IGNITION」。

★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
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