mixiユーザー(id:26363018)

2021年10月10日15:28

204 view

シェーンベルクのレアな傑作

HMVのCDレビュー用に書きました。
読んでいただけると幸いです。

:♪*:・'゚♭.:*・♪'゚。.*#:・'゚.:*♪:・'.:♪*:・'゚♭.:*・♪.:♪*:・'゚♭.:*・♪'゚。.*#:・'゚.:*

シェーンベルクの、演奏機会の少ない傑作を誠実に演奏している良いCDだ。
弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲変ロ長調と、弦楽三重奏曲op. 45が収められている。
弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲は、ヘンデルのコンチェルト・グロッソop.6, no.7を編曲したものだが、ただの編曲ではなく極めてオリジナリティの強いユニークな作品となっている。

この曲が傑作であることを最初に紹介したのは、柴田南雄氏であった。NHKの教養番組でシェーンベルクについて話された際、同曲に触れたのである。柴田氏の慧眼恐るべし。協奏曲だがソリストが弦楽四重奏だというのがユニーク。オーケストレーションはカラフルだ。四楽章からなるが、後半の二楽章は大半がシェーンベルクの創作で、原曲からの変貌の凄まじさにも驚く音楽だ。

前半二楽章は、主旋律はほぼヘンデルの原曲通りである。第一楽章は、さながら平和な日々の活気ある日常生活のようだ。だが、時折異形の音型が顔をのぞかせ、ドキッとさせられる。
第二楽章は、幸福な一日の黄昏の風景か。しかし、そこには既にノスタルジーの趣があり、ラストの部分の改変も効いて、平和な時が過ぎ去りつつあることを予感させる。
第三楽章は、冒頭のモチーフだけほぼ原曲通りだが、続く99%はシェーンベルクの作曲だ。いまだ上辺の平和を保っている生活の中に、ファシズムの影が不気味に忍び寄ってくる。日常が歪み、どんどん狂っていくのに、どうすることもできず翻弄されていく個人の運命。
第四楽章は、ファシズムに覆いつくされた町の風景だ。最初の主題こそヘンデルからの借用だが、原曲の単調さは解体し尽くされ、緊迫した音楽が繰り広げられる。シェーンベルクがこの曲を書いた1933年は、年頭にナチスが政権を獲得した年であった。バロック音楽にありがちな行進曲調の全合奏が、あからさまにナチスを連想させるやり方で挿入される。

この曲は、ショスタコーヴィチの一連の戦争交響曲に匹敵、あるいは凌駕するほど、ファシズムの時代の空気を映し、その時代に生きることの恐怖を描いた作品なのだ。無調や12音技法で書かれた音楽は難しく、価値が分からないという人も、全編が調性で書かれたこの曲を聴けば、シェーンベルクの作曲力の高さに納得するであろう。

同曲はこれまで七回録音されている。中でもジェラード・シュワルツの指揮、アメリカ弦楽四重奏団による演奏が、曲の核心を突いて最も優れている。同演奏は現在「ジェラード・シュワルツ・コレクション」に入っていてHMVで購入できるが、30枚組である。レノックス弦楽四重奏団による演奏は、スマートでシャープなシュワルツ盤と比べると素朴な印象もあるが、ソリストにオンマイクな録音で逃げも隠れもせず音楽に真摯に向き合っており、聴くほどに訴えかける力が増してきて聞き飽きない。伴奏のハロルド・ファーバーマン指揮するロンドン響の演奏は、第三楽章でアンサンブルの乱れが少しあるものの、至極まっとうな演奏でソリストを支えている。現在最も手に入れやすい盤なので、是非お勧めしたい。

:♪*:・'゚♭.:*・♪'゚。.*#:・'゚.:*♪:・'.:♪*:・'゚♭.:*・♪.:♪*:・'゚♭.:*・♪'゚。.*#:・'゚.:*

もう一曲は晩年の傑作、弦楽三重奏曲だ。この曲は、シェーンベルクの臨死体験が基になっている。1946年8月2日、シェーンベルクは心筋梗塞の発作に襲われ、心臓が一時停止した。心臓に直接アドレナリン注射が打たれ、後遺症は残ったものの一命をとりとめた。回復後、この曲を作曲し、殆どすべての和音に、自身の発作から救命に至る過程を音楽的な比喩として込めたという。

曲の冒頭1分30秒は、心臓発作による七転八倒の苦しみの描写である。その後は、心停止状態での治療の様子、ゆっくりとした覚醒と回復、静けさと安らぎ、湧き上がる様々な感情などが、音楽の言葉で語られていく。

レノックス四重奏団の演奏は、例によってオンマイクで録音されている。全く誤魔化しがきかないむき出しの音質で、曲と深く誠実に向き合った成果が繰り広げられる。
この演奏を聴くことは、全く稀有で、感動的な音楽体験である。ジャケットにカンディンスキーの絵が使われているが、抽象絵画の鑑賞にも似た体験だ。最初の内は全く抽象的で、点描的なポツンポツンとした音の羅列と聞こえていたものが、聴けば聴くほど全ての音が繋がり、具体的な意味を帯び始める。

この瞑想的な音楽は、聴くほどに心癒される不思議な力に満ちている。これは生命の不思議、生きていること、生かされていることの不思議と向き合う音楽なのだ。

このCDに収められた、シェーンベルクの2つの作品は、【生きること】に深く向き合った傑作である。レノックス弦楽四重奏団は、現在はほぼ忘れられた団体で、情報にも乏しい。しかし、彼らは真摯に音楽と向き合い、誠実な演奏でシェーンベルクの傑作を録音した。興味を持たれたら、是非聴いていただきたい。
https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%EF%BC%881874-1951%EF%BC%89_000000000021315/item_Concerto-For-String-Quartet-String-Trio-Lenox-Q-Farberman-Lso_175460
6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年10月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31