5時30分、スマホの目覚まし機能に起こされた。
これが無ければ何時まででも夢の世界にいた事だろう。
昨夜のうちに殆ど荷物を纏めておいたから、準備は楽だ。
昨日はそれで、ホテルにお茶を忘れて来てしまった。
夜半に雨が降ったらしく地面が濡れている。
ファミマでパンとコーヒーを買い、東武宇都宮駅へ。
東武百貨店の2階に駅がある。
幼少の頃、百貨店の売場から、それも2階の売場から電車が発着している様を見て不思議に思ったものだった。
乗車券を購入する。
かなりの高額だ。
東武宇都宮6時5分発南栗橋行きが入って来た。
車輛は20400系で、始発だからか空いている。
発車してすぐ、左側に宇都宮城が見えた。
釣天井事件で有名な、あの城である。
東武宇都宮線は関東平野を淡々と走る。
田畑が広がり、住宅地が混在している。
安塚で東武宇都宮行きを待つ。
沿線には「おもちゃのまち」とか云う駅がある。
更に行くと、壬生。
https://twitter.com/sylvian3/status/1434630130488332288?s=19
別に京都に帰って来た訳では無いし、近くに大宮がある訳でも無い。
昨日乗った久留里線には祇園と云う駅もあった。
新栃木に6時39分着。
6時44分の東武日光行きに乗り換える。
東武では無く、野岩鉄道所属の6050系。
浅草方面はそろそろ朝のラッシュの気配だが、日光方面はがらがら。
東武金崎を過ぎて、先程、東武宇都宮線でも渡った思川を渡る。
新鹿沼の駅に「にらそば」なる看板があったが、どのような蕎麦なのかが気になる。
下今市に7時30分着。
無事にクリア。
そう、わざわざ東武鉄道に乗車したのは下今市が目当て。
駅メモの、此方のイベント。
「でんこと一緒にSL巡り」
既に初日に高崎と熊谷はクリア。
2日目にわざわざ真岡鐵道に乗車したのもこのイベントが目当てだった。
そして本日、下今市をクリア。
しかし、まだ先は長い。
7時34分発の会津田島行きに乗り換える。
車輛は東武の6050系。
車内はがらがらで、余裕で1ボックス占拠出来た。
構内には、14系客車とDE10ディーゼル機関車の「大樹」が留置されていた。
古き良き国鉄時代を思わせる。
大谷向で特急「スペーシア」と交換。
単線で余り構内に余韻が無いから、「スペーシア」も狭苦しく窮屈に感じているのではなかろうか?
小雨がぱらついている。
大桑でも、下今市行きと交換。
鬼怒川を渡り新高徳。
新高徳から、通学の小学生が沢山乗車して来た。
ここから鬼怒川に沿って走る。
次の小佐越で小学生は下車して行った。
代わりに高校生が乗車して来る。
鬼怒川温泉に到着。
新宿行き特急「スペーシアきぬがわ」が停車していた。
高校生が下車して、再び車内が閑散とする。
鬼怒川沿いに多数の旅館が建ち並んでいるが、廃業している旅館もある。
噂には聞いてはいたが。
廃墟となった旅館が軒を連ねていた。
鬼怒川公園を出ると、新藤原。
ここから先は野岩鉄道となる。
元々は、国鉄の日光線今市駅と会津線会津滝ノ原駅(現在の会津高原尾瀬口駅)とを結ぶ予定だった野岩線である。
そのうち、鉄道公団により建設が進んでいた藤原-会津滝ノ原間が国鉄再建法の施行により工事が凍結され、同線を引き受けて運営するために設立されたのが野岩鉄道で、国鉄日光線では無く東武鉄道鬼怒川線に接続する様に計画を変更した。
新藤原で、鉄道むすめクリアファイルを買おうとしたら、窓口に人がいなかった。
発車のアナウンスが入り、仕方が無いので諦める。
新藤原から先は、乗客が私一人だけになっていた。
https://twitter.com/sylvian3/status/1434657563241451520?s=19
まさに貸し切り状態。
野岩鉄道は、流石は公団路線。
トンネルで突っ切って行く。
なので、トンネルの切れ間から、景色を眺める事になる。
車掌が検札に来た。
「会津田島では時間があるので駅待合室でお待ち下さい」と案内される。
川治温泉で5分程停車。
新藤原行きと交換。
湯西川温泉はトンネル内にある駅。
電波が届かない。
トンネルを出たら湯西川橋梁で、ダム湖である五十里湖を渡る。
そしてまたトンネル。
電波が通じないから、駅を取る事が出来ない。
中三依温泉でも交換。
激しく雨が降っていたから、ホーム端まで行けない。
仕方が無いので、屋根のある場所で待つ。
やって来た列車は、会津鉄道AT-700形「AIZUマウントエクスプレス」だった。
男鹿高原を過ぎると栃木県と福島県の県境にある山王峠を山王トンネルに入る。
長いトンネルを抜けると、会津高原尾瀬口。
ここから先は会津鉄道となる。
国鉄、JR東日本の会津線を引き継いだ第三セクターで、阿賀川に沿って走る。
高規格の公団路線から、元ローカル線の会津鉄道に入り、乗り心地が下がる。
トランポリンの様に座席に上下に振動が響く。
拓けた山里を走る。
会津荒海で5分停車。
新藤原行きの区間快速が通過して行った。
そば畑が続く。
そして、少し町に入ったと思ったら会津田島。
9時18分の到着。
時間があるので駅前の郵便局へ。
先立つ親不孝な物を引き出す。
Eins:Vierのグッズで使い過ぎた様だ。
土砂降りなので、駅前とは云え歩いて行くのは辛い。
駅に戻り土産物を物色する。
更に会津鉄道の記念乗車券なども購入。
9時45分発の快速リレー101号会津若松行きの改札が始まる。
車輛は「AIZUマウントエクスプレス」
車内はリクライニングシート。
実に快適だし、テーブルもあるから呑み鉄したい所である。
浅草からやってきた特急「リバティきぬ」が到着。
乗り継ぎの乗客が何人かいてた。
そして定刻に発車する。
快速だから、次々と駅を通過して行く。
第6大川橋梁で阿賀川を渡り、会津下郷に到着。
塔のへつりなど、阿賀川の流れが彩る渓谷を走る。
そして会津盆地の平野部に出ると、猫駅長の駅として有名な芦ノ牧温泉。
残念ながら駅長はお出迎えしていなかった。
漸く雨が上がったが、窓が物凄く曇って仕舞った。
なので、折角の駅の写真も曇って仕舞った。
芦ノ牧温泉を出ると、雨も止み、窓の曇りも綺麗に無くなって仕舞ったのだが。
10時44分、会津若松に到着。
会津若松に来るのも、2001年の冬コミの後、只見線の乗り鉄をして以来。
20年にもなる。
次の列車は11時1分発の快速「あがの」新潟行き。
GV-E400系の3連で、この車輛はディーゼルエンジンの動力で発電した電力で主電動機を駆動する電気式気動車である。
磐越西線に乗車するのは1999年の年末に乗り鉄しに来て以来。
当時はまだ485系が「ビバあいづ」として走っていたし、郡山からの普通列車は455系で「国鉄」が残っていた。
列車は会津若松を出て会津盆地を走る。
喜多方を出て、濁川を渡ると、会津盆地に別れを告げ山を登って行く。
山都を過ぎ、阿賀川に沿って走って行く。
木々が生い茂りなかなか水面が見えない。
木々の隙間から、雄大な阿賀川を眺める事が出来る。
荻野の手前、阿賀川の川面に1、2、3、4、5、6と書かれた幕が幾つも渡してあったが、何の呪い何だろうか。
方々にダムがあるから、水量が豊富である。
その一つ、上野尻ダムが見えて来た。
徳沢を出て福島県に別れを告げ新潟県へと入る。
阿賀川から阿賀野川へと名を変える。
津川で13分停車して、列車交換をする。
この地はキツネの嫁入りで有名らしい。
彼方此方に、キツネの嫁入りの案内がある。
駅スタンプも、勿論キツネの嫁入り。
そして、磐越西線のキャラクターでもある「オコジロウ」もいた。
待合室も、オコジロウ仕様になっている。
そして、駅舎内には「鉄ぶら」なるイベントの案内もあった。
ちょっと気になる。
スタンプなどを押した後、反対列車を撮り鉄する。
キハ110が入って来たが、少しの油断で、撮り鉄が台無しになって仕舞った。
阿賀野川と名を変えた阿賀川に沿って下るが、だんだんと土地が拓けて来る。
咲花を過ぎると阿賀野川と別れ、新潟平野を走る。
信越本線が近付いて来て、13時19分、新津に到着。
新津にもオコジロウと、その彼女のオコミもいた。
階段までオコジロウに占領されている。
13時21分に特急「しらゆき」が発車して、13時29分、長岡行きが到着。
この辺りは今年3月に来たばかり。
弥彦線や越後線など含めて散々と乗り鉄をした。
まさか半年後にまた来るとは思っても見なかったが。
新津では晴れていたのに、長岡が近付くにつれ天気が悪くなる。
北長岡では遂に雨がぱらついてきた。
14時23分長岡着。
次の乗り換えは、またまたサプライズ。
14時43分「Maxとき326号」東京行き。
実は2階建新幹線「Max」ことE4系新幹線は来月1日、遂に引退して仕舞う。
100系から続いて来た、2階建新幹線の歴史が終に終結して仕舞う。
まあ、100系とは赴きを別にする、詰め込み主義の通勤新幹線ではあるが。
今回、駅メモのイベントを色々と頑張り過ぎて、どうしても一部区画、新幹線に乗車しなければならなくなった。
しかも、ちょうどその時間に「Maxとき」が走っている。
これはまさに神の采配。
是非、「Max」に乗車しなければならない。
そんな訳で指定席を取っておいた。
座席は5号車2階25番E席。
新幹線乗り場に行くと、「メモリアルMax」の展示もしてあった。
長岡駅「池田屋」は事実上の営業休止状態。
駅弁は「上越新幹線 Max ありがとう オール2階建て弁当」しかなかった。
この弁当、新津駅の神尾商事、新潟駅の新潟三新軒、越後湯沢駅の川岳軒の3社が出しているが、私が購入したのは新潟三新軒のものだった。
駅弁を手にホームへ上がる。
E4系「Maxとき」が入線して来る。
矢張り、オール2階建だけあって物凄い迫力だ。
平日ではあるが、多少は撮り鉄乗り鉄がいた。
それでも、乗車率は3割程度。
矢張り、コロナ恐るべしと言わざるを得ない。
5号車2階25番E席へ向かう。
この階段も、今日が最後になる。
座席は、特に狭さは感じないが、網棚に荷物を置く際に、着地頭をぶつけて仕舞う。
昼をまだ食べてなかったので、駅弁で呑み鉄。
MaxでMax弁当とMax酒。
https://twitter.com/sylvian3/status/1434755437824405506?s=19
勿論、弁当も2階建。
軽く呑み鉄をして、車内見学。
何せ上越新幹線と来たら、長岡から上毛高原の間は殆どがトンネル。
車窓を楽しむ術も無い。
なので、恐らく日本の鉄道で最後になるであろう、3列×3列の6列シートを見学する。
このシートがあるのは自由席の2階席。
幸いにも空いていたから、暫く座ってみる。
2007年の12月に乗った時もこの自由席だった。
上毛高原を発車して、自分の指定席に戻る。
高崎の次は大宮。
懐かしの熊谷は通過する。
16時28分、東京に到着。
暫く撮り鉄をする。
どう見ても一般人、しかも若い女性などもスマホで撮影している。
昔では考えられない光景だ。
時代が変わったと云わざるを得ない。
次の列車も、時間節約の新幹線。
17時3分発の「ひかり521号」広島行き。
時間があるので、東京駅の駅弁屋を巡ってみる。
こんな時間だと云うのに、駅弁はほぼ売り切れ。
恐らく、入荷数を絞り混んでいるのだろう。
取り敢えず、「国技館の焼き鳥」、それと「チキン弁当のチキン」
ただ、ビールが無いので新幹線では呑み鉄はしない。
東海道新幹線ホームで「ひかり」を待つ。
座席は5号車4番E席。
予想よりかは混んでいた。
夕暮れ、雲の掛かった富士山を眺め18時2分、静岡着。
慌ただしく18時6分発浜松行きに乗り換える。
折角の新幹線、そのまま京都まで乗れば良い物を、なぜ静岡で下車するのか。
それには理由がある。
18時ちょうどの三島からの島田行きが遅れており、その到着を待つ。
踏切の安全確認だと云う。
島田行きが発車した後、結局4分遅れの18時10分に発車した。
車内はラッシュでもあり、割合と混んでいる。
トイレの無い211系のロングシートではあるが、
用宗でホームライナーに抜かれる。
駅毎に客が降りて行くから、島田まで来るとがらがら。
島田を出ると大井川を渡る。
その手前辺りで、新金谷を取る事が出来る。
そして、これでミッションクリア。
新幹線だと大分と南を走ってるし、トンネルが続くから確実に取るには在来線しか選択肢がなかったのである。
無事にミッションもクリアし、後は帰還するのみ。
と、思っていたが、掛川で新たなミッションが。
遅れを維持したまま、浜松へ到着。
また雨が降って来た。
19時24分到着の予定が、28分到着。
向かいで停車している19時28分発の豊橋行きに駆け込むや否や、発車した。
313系のロングシートで、ラッシュ時間だから混んでいる。
もう、とっくに日は落ちて仕舞っているから、浜名湖等も気配でしか解らない。
豊橋には20時到着予定が、2分の延着。
20時3分発新快速米原行きも2分遅れての発車となった。
そして、以外な程混んでいたが、何とか座席は取れた。
流石に疲れが出て来たのか、うとうととしながら列車に揺られる。
いつの間にか関ヶ原を越えて、22時10分、米原に到着。
22時11分発大阪行きに乗り換える。
新快速で無いのが辛い。
23時20分、無事に京都に到着。
しかし、地下鉄がコロナの影響で最終電車が1時間も繰り上げられている。
既に電車は無い。
汁パレスまで歩くか。
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