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2021年09月05日22:12

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三田散策&らぁ麺六花の特製鯵煮干しそば

今日の午前中は所用で三田周辺を散策していました。
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桜田通りと日比谷通りの間にある芝園橋バス停の前を歩いていたら、レンガ壁で円柱のような形をした遺跡のような建物を発見。
近づいてみたところ公衆電話のマークが掲げられていて、元々は公衆電話コーナーだったことが分かりました。ある意味本当に遺跡みたいなものですが今はもぬけの殻となっていて、柵の中に電話機を置く台だけが残っています。
それにしても公衆電話マークにテープを貼って隠すも、随分と中途半端な隠し方ですね。
実はここNTT三田ビルで、NTTの事務所があるからこうやって沢山の公衆電話が並んでいたのでしょうね。稼働していた当時はこの周辺で働く人が多く使っていたのだと思いますが、その賑わいも過去のものとなりました。
そして公衆電話コーナーの入口を塞ぐような形でシェアサイクルのステーションが設置されていました。公衆電話が役割を終えて遺跡のようになった後に今流行り(?)のシェアサイクルのステーションが設置されるというのは、時代の移り変わりを象徴しているように見えますね。
また、NTTの隣のビル(住友不動産芝公園ファーストビル&ラトゥール芝公園アネックス)の敷地内に築山のようなものがあり、近づいてみたら鳥居があり、蔵稲荷大明神という神社だと分かりました。
調べてみたところここは江戸時代に薩摩藩の屋敷があった場所らしく、この稲荷社は元々屋敷内にあったものなのかもしれませんね。
ビルの新築に合わせてきれいに整備されたと思われるのですが、大変残念なことに右側の灯篭が折れてなくなっていました。木製の灯篭だったようで老朽化や風雨で倒れてしまったのか何者かが故意に壊したのかは分かりませんが、少なくとも4月頃からこんな状態らしいです。
また、小さな神社ながらここに上るのに正面の急な階段(男坂)と横の緩やかな階段(女坂)が両方ともあるというのが印象的でした。
この隣には同じく小さな神社で柳神社があり、隣接して松本町公園がありました。この周辺の旧町名が芝松本町だったそうで、住居表示で町名が変わるも公園の名前にはその名残があるのですね。
また、柳神社のすぐそばの家に赤穂浪士の大石内蔵助が隠れ住んでいたとのことです。
そしてこの近くは昔ながらの木造家屋が意外と多く、近くに「うなぎ栗本」と書いてある木造の建物を見かけ、明治時代創業のうなぎ店らしいと分かったのですが、見た目からして廃屋だし調べてみたけど場所を変えて営業しているという情報も見つからないので、既に廃業してしまったと思われます。
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他にもかなり古い木造の廃屋があり、板張りの壁の蔵のような形の建物を見つけたのですが、やはりこれも朽ち果てていました。
蔵のような形の建物はリノベーションすればお洒落な感じの店舗とかギャラリーとかで使い道があると思うのですが、こうやって朽ち果てていくばかりなのは何だか勿体ない気がします。
そして、この廃屋のそばに「芝のはらっぱ」という広場を発見。今年になってオープンしたイベントスペースらしいですが、あいにく閉鎖中でした。やはりここも元々は古い家屋があったりしたのでしょうか。
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その後は桜田通りに出ると、春日旅館という古い旅館を発見。
都心部でも木造の旅館は多数ありますが、おそらく近年は建て替えて今風のビジネスホテルに鞍替えしてしまったり、旅館自体を廃業してしまうなどで減少傾向にあると思われます。
場所が場所だけに目の前の慶応義塾大学を受験しに上京した学生、目の前に見える東京タワーなどを観光に訪れた人などが昔から多く利用しているのではないかと思われます。
さらに驚いたことに、この旅館の表札の住所が「芝三田四国町」という旧地名のままでした。この辺はかつてそういう地名だったそうで、由来は江戸時代に四国の藩主の屋敷がこの辺に集中していたからだそうです。江戸時代から四国町と呼ばれていたらしいですが、正式にそういう町名になったのは明治に入ってかららしいです。
また、旅館の入口に掲げられた「協定 JTB JR 日観連」という表記も味がありますね。国鉄ではなくJRと書いてあるところがちょっと惜しいですが、昔ながらの旅館といえば日観連だったり国鉄だったり旅行会社だったりと協定を結んでいる会社や団体の看板が色々と掲げられているイメージがあります。
ちなみに、日本観光旅館連盟は2012年10月に「国際観光旅館連盟(国観連)」と合併して「一般社団法人日本旅館協会」に移行したので、もうこの団体自体が現存しないのですよね。
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その後は昼食にし、慶応仲通り商店街などで店を探しましたが、結局は三田図書館のそばにある「らぁ麺六花」という店に入りました。
この店は3月にオープンした店だそうで、ラーメンは鶏出汁の醤油と鯵煮干しの2本立てですが、今回は特製鯵煮干しそばを注文。標準のラーメンにプラスしてチャーシュー5枚と味玉が乗っているラーメンです。
麺は固めの細麺で、このスープに細麺の組み合わせには賛否両論あるようですが、個人的には全然大丈夫でした。また、鰺煮干しそばは当然ながら相応の魚臭さがありますのでこれも好き嫌い分かれるかもしれませんが、個人的には好きな味です。
桜田通りの反対側に見えたチャーハンと大きく書かれた店は行列ができていましたが、こちらは待つことなくすぐ座れましたね。ここも結構賑わっていてカウンターも私が座った時点で満席になり、テーブル席が若干空いているだけでした。また、案内された席の隣に整形前のスザンヌみたいな人と横澤夏子みたいな人がいましたが、何を食べられていたのでしょうね?
そして、食後に向かいの駐車場のほうを見ると、向こう側に「南文堂」と書かれたギャンブレル屋根の洒落た建物を発見。駅のすぐそばで両端の建物というか周りのほとんどの建物が鉄骨か鉄筋コンクリートの建物ばかりになった中でもこういう昔ながらの建物があると癒されますね。
その後は都営三田線で帰路につきましたが、行きに乗ったものと全く同じ東急3020系のトップナンバーが来たのでびっくり。
東急の電車といえば、いよいよ来年度に迫った相鉄との直通運転開始に備えた目黒線車両の8両化が本格化するようで、比較的新しい5080系だけでなく製造から20年以上経過してしまった従来の3000系にも、まさかの新造中間車を組み込むとかで話題になっていますね。
なお、3020系は新車なので最初から8両で落成しており、今は2両外した状態で営業運転に使用中です。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/10486126.html
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