mixiユーザー(id:17713252)

2021年08月22日08:57

65 view

8月22日 本日の一言メッセージ

クラクラ〈8/22(日)本日の一言メッセージ+動画+α〉

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22200 (写真入り記事)

ラブレター「聖書が『世の光です』と言われた意味」

聖書の中には、いくつか矛盾と思える教えがあります。その一つが「光」に関してです。

「あなたがた(イエスの弟子・説教を聞く聴衆)は、世界の光です。」(マタイ5:14)

「わたし(イエス・キリスト)は、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)

イエス様も、私たちも光ですと言われます。そこに矛盾はないのでしょうか?

結論から言うと、光源は一つです。

ですから、私たち人間に対して、「光です」と言われましたが、「光となるな!」という教えなのです。

解釈を誤ると、クリスチャンは、自らが「光」となろうとがんばってしまうからです。

聖書が教える、「あなたがたは、世界の光です」という言葉の真意は、「わたしは、世の光です」と言われた「キリストの光を輝かす者となれ!」という意味です。

それは、太陽と月の関係に似ています。

キリストの光は、太陽の光のように、自ら発光する光であり、それに対して私たちの光は、月の光のように、太陽の光を反射させて輝く光です。

解釈を間違えると、太陽の光のように自らの光を放つ努力をするようになり、その異彩は、キリストの光を隠してしまうことさえ起こってしまいます。

神に大きく用いられ、大規模な働きをする牧師や伝道者を特別視する人が居ます。

�)椰佑眤梢佑癲峺�」と認識。
�∨椰佑枠歡蠅靴討癲�他人が「光」と認識。

もし�,凌佑�居たら困ったものです。しかし、�△任癲�他人が自らを「光」と認識し、特別視する誤解を解く努力と戦いが必要です。

イエス・キリストの時代に、「この人こそ光だ」と周囲が認識していた人物がいます。バプテスマのヨハネです。

バプテスマのヨハネは、自分を「光」と認識する人々の誤解を必死に解こうとしました。

「私(バプテスマのヨハネ)はその方(イエス・キリスト)のくつのひもを解く値うちもありません。」(ヨハネ1:27)

「あの方(イエス・キリスト)は盛んになり私(バプテスマのヨハネ)は衰えなければなりません。」(ヨハネ3:30)

そして、バプテスマのヨハネではない、ヨハネの福音書の著者であるヨハネも、「この人(バプテスマのヨハネ)はあかしのために来た。光(イエス・キリスト)についてあかしするためであり、すべての人が彼(バプテスマのヨハネ)によって信じるためである。彼(バプテスマのヨハネ)は光ではなかった。ただ光(イエス・キリスト)についてあかしするために来たのである。」(ヨハネ1:7〜8)と、くどいくらいに語ります。

もし、この地球の周りに2つの太陽があるとしたらいつが昼なのか、夜なのかもわからなくなり困ってしまうのではないでしょうか。

太陽が1つであるように、「光」はイエス・キリストお一方だけであるべきです。

神を信じるクリスチャンは、自らに目を向けさせる「光」を十字架につけて消し、イエス・キリストの光を輝かせて、人々が神に目を向けることが出来るような「世界の光」とさせてもらいたいものです。

イエス・キリストは、バプテスマのヨハネをほめました。それは、自らを「光」としない生き方も含まれているのでしょう。

「まことに、あなたがたに告げます。女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネよりすぐれた人は出ませんでした」(マタイ11:11)。

「イエス・キリストの光」を輝かす人こそ本当のリーダーになるのではないかと思います。

この世は闇に包まれています。しかし、2021年前に光がこの世界に来られました。イエス・キリストです。

「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった」(ヨハネ1:1〜5)。

真っ暗な部屋に電気をつけた瞬間、暗闇は光に消されてしまいます。

この世界に必要なのはこの光です。

この光が私を照らし、私を通して輝くことを感謝しながら、この日を過ごしたいですね。


🧡<毎日更新>【動画メッセージ】
「本当の神こそが自由を与えてくださる」
https://youtu.be/fmijqEZDLLE


ハート(紫)<生放送>【8/22(日)新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
� �Facebook」https://www.facebook.com/kanno3
�◆�YouTube」https://youtube.com/user/kannonaoki
��「ニコニコ動画」http://nico.ms/l/co114841
の3つのメディアで、朝10時半と夕方16時半から主日礼拝を生放送いたします。下記ホームページからアクセスできます。
https://sgr-ch.net (ホームページ)


ハート<毎日更新>【8/15(日)大久保駅 路傍伝道】
https://youtu.be/Y-uyugoXhhw (前半)


ハート(緑)<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY


ハート(矢)「編集後記的メッセージ 『毒麦を抜くより、福音伝道をしよう!』」

今日の礼拝では、イエス様の「毒麦のたとえ話」からメッセージを語る予定です。

良い麦も毒麦も同じ麦ですから、似ているので、毒麦を抜こうとすると誤って良い麦まで抜いてしまう恐れがあるので、「慌てて毒麦を抜こうとしないで、イエス様が再臨される時まで待ちなさい」と言うメッセージです。

良い麦は、新しく生まれ変わったクリスチャンです。

毒麦は、クリスチャンの真似をして、クリスチャンぽく見えるが、生まれ変わっていない偽物です。

本物のクリスチャンは、成長するにしたがって、キリストの姿に似ていきます。

偽物のクリスチャンは、成長するにしたがって、悪魔の姿に似ていきます。

本物のクリスチャンの生き方が、今日の一言メッセージで取り上げた「自ら光とならないで、イエス様の光を輝かす人」なのです。

偽物のクリスチャンは、自ら作り出した光を輝かせようとするか、悪魔の偽物の光を輝かせて、イエス様の光の前に立ちはだかって、神から目を逸らせようとする人」です。

しかし、新しく生まれ変わっているにもかかわらず、後者のように、「自らの光を発光させ、イエス様の光を霞ませてしまう人」がいるものです。

だから、毒麦だと思って、間違って良い麦を抜いてしまう恐れがあるので、裁きを待つようにイエス様は教えられたのです。

 「イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現れた。それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう』。主人は言った。『敵のやったことです』。すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか」(マタイ13:24〜28)。

「『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう』」(マタイ13:29〜30)。

 「それから、イエスは群衆と別れて家に入られた。すると、弟子たちがみもとに来て、『畑の毒麦のたとえを説明してください』と言った。イエスは答えてこう言われた。『良い種を蒔く者は人の子です。畑はこの世界のことで、良い種とは御国の子どもたち、毒麦とは悪い者の子どもたちのことです。毒麦を蒔いた敵は悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行う者たちをみな、御国から取り集めて、火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。そのとき、正しい者たちは、彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい』」(マタイ13:36〜43)。

今の時代、良い麦に交じって毒麦の種が蒔かれ、良い麦と共に育っている時代です。しかし私たちは、イエス様が再臨された時に、太陽のように輝かせてくださるのです。

私たちがやるべきことは、異端狩りではなく、福音伝道です。

今日も、イエス様の光が、あなたを通して輝かされますように。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年08月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031