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2021年08月08日13:37

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8月8日 本日の一言メッセージ

クラクラ〈8/8(日)本日の一言メッセージ+動画+α〉

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22184 (写真入り記事)

ラブレター「感謝と満ち足りる心」

「美人局」という言葉があります。「びじんきょく」と読むのではなく、「つつもたせ」と読みます。

子どもの頃、近くに人の良さそうな夫婦が住んでいました。

旦那は婿養子で、家賃収入に頼り、働いていませんでした。

旦那はある日、「美人局」の「かも」となり、相手の女性の旦那が浮気現場に乗り込んで来ました。

話の折合いがつかず、後日、家の前に来て怒鳴り込まれて、ついには、600万円を支払わされたようです。

当時は、「何で、自分に奥さんがいるのに、他の男性の奥さんと親しくなる必要があるのだろう!?」そして、「何で、それだけで600万円も取られなければいけないのか?!」と不思議に思いました。

自業自得ですが、夫婦が共謀して「美人局」をしていたようです。

弱みに付け込まれて、被害届は出さなかったようですが、犯罪行為であり、恐喝罪や詐欺罪による処罰の対象となります。

民事上も詐欺又は強迫に基づく金銭給付として、取消しの対象となり(民法96条)、金銭の返還請求をすることができます。

【刑法249条】
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
【刑法246条】
1 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
【民法96条】
1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

しかし、与えられたもので満足し、感謝していたとしたら、自分の奥さん一人で満足し、隣の奥さんに惹かれることはなかったはずです。

「だれでも誘惑に会う場合、『この誘惑は、神からきたものだ』と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。人が誘惑に陥るのは、それぞれ、欲に引かれ、さそわれるからである。欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す。愛する兄弟たちよ。思い違いをしてはいけない」(ヤコブ1:13〜16)。

「現状に満足し、感謝する人には成長がない」という言葉を聞いたことがあります。

大切なことは、現状に満足し、感謝しつつ、同時に、目標を持って絶えず成長を目指すことです。

不倫、犯罪などに手を染めてしまう人の特徴は、家族仲が悪く、現状に不満を抱いている人が多いという特徴があります。

感謝すること、与えられているもので足ることを学ぶことが大切です。

「わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている」(ピリピ4:11〜12)。

すべてのことに感謝し、どんな境遇にあっても、足ることを学ばせて頂きましょう。


🧡【動画メッセージ】
「心の向きを変える」
https://youtu.be/-doqnNDSXkE


ハート(紫)【8/1(日)新宿福興教会 オンライン主日礼拝 生放送】
朝礼拝 10時半〜
夕礼拝 16時半〜
※日曜日は教会へ!(所属教会の対面集会参加、もしくは、オンライン礼拝にご参加ください。その他で必要な方は、オンライン礼拝をご利用ください)。
※Facebook、YouTube、ニコ生で同時配信します。https://sgr-ch.net (ホームページ内に入口があります)。
 

ハート【8/3(火)経堂駅 路傍伝道】
https://youtu.be/o-OMUv5ML48 (前半)
https://youtu.be/neuEKB-2hVM (中盤)


ハート(緑)【路傍伝道ネットワーク 活動紹介】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY


ハート(紫)【8/1(日)新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/bgfZZaZwiiI (朝礼拝)


ハート(矢)「編集後記的メッセージ 『泥沼からどうやって脱出するか?』」

「泥沼」とは、「泥深い沼」のことをいいますが、「一度落ちこむと抜け出ることが困難な悪い状況」を指していう場合があります。

一言メッセージでは、「美人局(つつもたせ)」の話をしましたが、夫婦関係外での性関係を持つことで、その後、関係がこじれたり、明るみに出ることで、泥沼にはまったように解決が困難な状況に追い込まれることがあります。

家庭が壊れ、社会的信頼は地に落ち、仕事は失い、財産も失い、関係者みんなが不幸になる可能性があります。

聖書は、夫婦関係外の不品行や姦淫を厳しく戒めていますが、そこには、神の愛に満ちた意図があります。

神が人の楽しみを奪おうというのではなく、人が不幸になり、破滅的な状況に陥ることから守りたいからです。

そのような関係でなくても、以前、親しい関係であった分だけ、関係が壊れた時には、憎しみが何倍にも膨れ上がります。

裁判所に行って、係争中の双方を調べてみると、多くが、かつては親しい関係であったことがわかります。

愛し合い、信頼し合い、親しかったのに、一度(ひとたび)関係が壊れると、愛が憎しみに変わり、信頼は疑心暗鬼になり、親しい間柄が敵に変わります。

そんな時、かつての良い関係だった頃を思い出したいものです。

冷静になり、自分の問題に目を向けて、悪かった点に関しては謝罪し、相手の過ちに対しては、大目に見て赦すことが出来たとしたら幸いです。

調停は不調に終わりかけていても、一転して、ガラッと変わって和解し、関係の回復がはじまります。

もちろん、どうしても妥協できない問題に関しては、譲ってはいけないでしょう。

人生をかけ、命をかけて戦わなければいけないこともあります。

1587年に、豊臣秀吉によりキリスト教禁教令が出されて以来、数多くのクリスチャンが信仰のゆえに殺され、殉教した歴史があります。

これは、強がりでも、自暴自棄になったのでもなく、信仰を守り通したのです。

人類最初の殺人事件は、創世記4章に書かれています。兄のカインは弟のアベルを嫉妬に来るって殺しました。

その時、弟のアベルの血が地に流されました。

神様は、「土地の中から、アベルの血が復讐を叫んでいる」と言われました。

「そこで、(神は)仰せられた。『あなたは、いったいなんということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる』」(創世記4:10)。

「血は語る」というのです。

刑事のドラマで刑事が、「殺された被害者の無念を晴らす!」というセリフを聞いて、死んで終わりではなく、血は神に「復讐して下さい!」と叫んでいるに違いありません。

しかし、キリストが十字架で流された血は、違うことを叫んでいます。それは、「赦しと救い」です。

「さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血に近づいています」(ヘブル12:24)。

この救いを受けた人が、簡単に妥協して信仰を捨てることができるでしょうか。

しかし、忘れてはいけないことがあります。殉教したのは、私たちと同じ弱さを持った人間なのです。

殉教は、究極的の出来事ですが、そのことをあえて挙げたのは、それと比べたら、人生において譲れないことはそう多くはないのではないでしょうか。

悪かった点に対して謝罪し、相手の過ちを赦したならば、あとは神に委ねていきましょう。

泥沼状態に陥った時、いくらもがいても、もがいても、泥がからみついて来て、もっともっと沈んでしまいます。

そんな時、神に委ねることです。

イエス様の十字架は、たとえるなら、神が人の姿になって点から下り、私たちの罪の泥沼、悪魔の奴隷の泥沼、病気の泥沼、問題の泥沼、死の泥沼の中に飛び込んで来て、自らのいのちを捨てて、私たちを救い出して下さったようなものなのです。

神に委ねたら、イエス様が救い出して下さり、解決させて下さいます。

出来ることをし、あとは神の手に任せましょう。

やがて、泥沼から浮上して、脱出できる日が来ます。
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