現在80歳にならんとする私が生まれて4年目の夏の事だ。当時の戦争の事も空襲で
防空壕に避難した程度の記憶しかない。
日本との戦争を原子爆弾と言う新型兵器によって、ピリオドを打ちたいと考えた米国の
トルーマン大統領は投下を許可するサインをしてしまった。
8月6日広島、9日長崎、多分これ以降も投下予定地があったと推定されるが、この
原爆の被害の余りの甚大さに日本も降伏の白旗を上げざるを得なかった。
戦争のもたらす問題やむごさなど唯一の被爆国として、世界に発信をせねばならない
と思う。幸い、私自身の家族には戦死者はいませんが、終戦後も長い間シベリアに、
永い間抑留されて帰国した方など見ると、戦争は終わったのにまだ続いていた家族が
本当に可愛そうに思われました。
一瞬にして、奪われた多数の命、原爆の開発を担当した科学者たち。この世から原爆や
水爆等の核兵器の廃絶を日本だからこそ声を大きくして訴えたいものです。
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