父親の母方の実家の長男である「故石川正二」の写真の裏には、住所が記載されてる。
静岡県磐田郡中泉町3491−3とあるが、現在はこの番地には、建物などはない。
家業は鍛冶屋を営んでいたと聞いたが、親方一人・弟子一人程度の規模経ったと想定
される。引き継がれた工具類なども、やっとことくぎ抜きの形状の工具だけであった
ようだ。名刺入れの中の名刺には、静岡県中泉町坂之上574と、写真の裏の住所とは
違う住所が書かれている。本籍地と現住所だろうか。軍票らしい小判型の銅板には、
刻印が推してあり「歩 一八 中 二、番 八 八」が刻印されて、上下2ケ所に
細長い四角の穴があり、その穴に紐を通して、身体に巻き付けるようになっている。
戦死したのは北支だと聞いているが、絶命した兵の軍票を取り外して、持ち帰りして
呉れたのだろう。多分遺体は凍てつく荒野に残されて、野生のオオカミなどの餌にな
った事だろう。
何故か昔の「仁丹」のケースが1つ。大きさ幅35mm、長さ50mm、厚み 8mm。
金属製で、横向きに縞模様が5列、仁丹の礼服を着た人物像とその下に英語の筆記体
文字で「Jintan]と書いてあります。一番上の蓋を開くと、鏡があります。25mmx
35mmの大きさです。その鏡を明けるとハート形に抜いてある仁丹ケースが出てくる
ケースの裏面にも海の上に建つ鳥居の絵が刻印されています。なかなか凝った造りだ。
全体が汚れているので、分からぬ点もあるけれど磨いて綺麗にしてみます。銅で作り
メッキを掛けてあるようです。
住所については、どういう関係の連絡先なのかも含めて、まったく分かりません。
唯一わかるのは、愛国婦人会貞教分会 上野信子様。京都市東山区本町3丁目
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