
〈6/10(木)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22122 (写真入り記事)
❣「人生の3つの坂」
人生には3つの坂があるといわれます。
1つ目は「上り坂」、2つ目は「下り坂」、3つ目は「まさか・・・」。
どんな人にも、「上り坂」をのぼる時期があります。何をやってもうまくいき、飛ぶ鳥を落とす勢いであがり続けます。特に若い時は、ちやほやされ、期待され、喜ばれます。
しかし、進学、入社、昇進、昇格、結婚、子供が生まれ、家を建て、貯金が増え、持ち物が増えていく時期は、ある時に終わります。
やがて、「上り坂」は「平地」になり、「下り坂」になります。
子供が自立し、退社し、引退し、親が亡くなり、配偶者との死別、そして、今まで持っていたものが一つ一つ奪い去られ、自分が必要とされなくなっていく時期がきます。人生の「下り坂」です。
しかし、人生の坂は、「上り坂」か「下り坂」だけではありません。予測不能な「まさか」があります。
「まさか」は人ごとではありません。
誰にでも、ある日、「まさか」がやってきます。
小さな「まさか」なら、日常的にやってきます。
一体、「まさか」にどう対応したらいいのでしょうか?
�� 聖書を読み、一瞬一瞬神に祈り、神の導きを受ける。
�� 神と一体になり、神と共に歩む。
�� 人を赦し、愛し、祝福する。
�� マイナス思考を捨て、プラス思考で生きる。
�� どんなことも感謝する。
�� 夢と希望を持ち続ける。
�� 前進し続ける。
�� 間違いに気づいたら、素直に罪を認め、悔い改める。
このように生きる人には、「まさか」は災いではなく祝福になります。
新型コロナウイルスも「まさか」ですね。
ピンチはチャンスに変えられ、マイナスはプラスに変えられ、栄光から栄光へと成長し、一発大逆転待ち望みましょう。
「まさか」をマイナスや呪いと考え忌み嫌わないでください。
感謝して、神と共に「まさか」に直面し、進むなら、「禍を転じて福と為す」と言われるように、まさかは大きな祝福だったと気づきます。
さらに、「上り坂」も祝福ですが、神と共に歩むなら、「下り坂」も祝福です。
「下り坂」とは、傲慢な生き様に気づかされ、本当の自分の立ち位置に立たせて下さる「坂」なのです。そうしたら楽ですよ。そのくだりきったところで神と出会うことができます。
聖書が語る神は、「私たち人間に上って来い!そうしたら救ってやろう!」と言われるのではなく、2021年前にこの地上にこの地上に人間の姿を取って、私たちのところにまで来てくださったのです。
そして、今あなたの前におられます。心を開き、信じ、このイエス・キリストを心に受け入れるなら、罪が赦され、神の子とされ、永遠の命と天国のパスポートを頂き、救われます。
「下り坂」の突き当たりで、人は神と出会うのです。
「人生の3つの坂」は、どれも祝福です。人生には祝福以外ないのです。
🧡【動画メッセージ】
「人生を豊かにする死と復活」
https://youtu.be/1emoopncbL4

【6/8(火)御徒町駅前 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/VPj61E4QI94
https://youtu.be/RoPD_wRq3WM

【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/g01Pzz4o1fQ (夕方)

「編集後記的メッセージ 『最高の祝福』」
神様と出会えたことが、我が人生の最高の祝福だったと思います。
「上り坂」は祝福。しかし、「下り坂」は災いですし、「まさか」は想定外で、希にピンチがチャンスになるかも知れないが、無いに越したことがない。
これが一般の感覚であり、自然に湧き上がる感情ではないでしょうか。
「菅野さんはコロナウイルスに感染していないから言えるんですよ」と言われるかも知れませんが、コロナウイルスのパンデミックを「不幸だ」「禍(災い)だ」と思ったことはありません。
それは、神を信じるからです。
神は、全知全能であり、生死禍福を支配しておられるお方です。神の許しがなければ、すずめ一羽さえ地におちることはないのです。
「二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない」(マタイ10:29)。
たとい、志半ばで天に召されたように見えることがあっても、神の前には、無念ではなく、勝利の凱旋なのです。
そんな大きなことを普通に話してしまえるのは、神を信じているからです。
もし、口では「神を信じています」と言っても、価値観が変わっていないとしたら、その信仰は口先だけです。
神は良いお方で、全知全能で、愛であられ、最善以下はなされず、神の許しがなければ何も起こらないし、目の前で起こっていることがたといマイナスと見えても、「最善だった」と後に悟ることができるのです。
今日もし、あなたが悲観的であったり、希望が持てなかったり、心が病んでいたならば、神が悪い訳ではないし、この世界が悪い訳でもありません。
ただ、「信仰のない私を助けてください」と祈ることが必要の全てです。
神を見上げよ。神を信ぜよ。さらば救われん(救われます)。
あなたに祝福がありますように。
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