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2021年06月03日09:22

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6月3日 本日の一言メッセージ

クラクラ〈6/3(木)本日の一言メッセージ+動画+α〉

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22115 (写真入り記事)

❣「試練は最良の時」

人は、ある時、自分の本当の姿をさらすようになります。特に、力を握った時です。

状況が変わることで、態度を変貌させる人を見たことがあるでしょうか?

力のある人の前ではへつらい、力がない人の前では横柄に振舞う人。

普段おとなしいのに、車のハンドルを握ると性格が変わって、乱暴な運転をする人。

選挙の前には腰が低いのに、当選してしばらくすると威張る政治家。

人気が出る前と売れるようになった後で態度が激変する芸能人、歌手、俳優、著名人。

まじめで品行方正だった人が、力を握った後に汚職に手を染めたり、贈収賄で逮捕されたり、スキャンダルまみれになる人。

人は、お金、権力、成功、名声、力、実績などを得た時に、隠れていた本当の姿を現します。

なまじ苦労しないで成功したり、親の七光りによって苦労知らずのおぼっちゃん・お嬢さん。若い時に才能が認められて有名になった天才少年・少女など、人格が整えられる機会を通らないで力を得たり、有名になって、スポットライトが当てられた時に醜態をさらしてしまう人がいたりするものです。

反対に、なかなか日の目を見ず、うだつが上がらず、試練続きで、「何で私ばっかり貧乏くじを引かなければならないの?」と感じる人がいたとしても悲観しないで下さい。

試練の時に、人格が磨かれ、整えられ、鍛えられるからです。人生が思い通りにならなくても感謝し、喜んで下さい。今が、人生の中で最も重要なプロセスを通っているからです。

人格と器が整えられてから、力を得たら、鬼に金棒のように力強く、何をしても栄え、素晴らしい働きをする人になります。

以前、巨大なビルの工事現場を見て驚いたことを思い出します。ビルは、地上に出ている部分だけではなく、建てる前に、深く深く地下を堀り、そこに土台を据えます。

試練の時は、人生で大きな働きをする前の土台作りの時です。このプロセスをバイパスして、苦労をしないで成功したいと思うものですが、土台がなくして高い建物を建てることが危険なように、人生で大きな働きをする人、自分自身の土台作りに力を入れなければなりません。

思い通りに行かない時、傲慢な自我が砕かれ、忍耐が身に付きます。そして、本当の自分を知り、自分を受け入れ、謙遜になり、人格が整えられるのです。

「あなたの始めは小さくても、その終わりは、はなはだ大きくなる」(ヨブ記8:7)。

「イエスは、・・・たとえを彼らに示して言われた。天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります」(マタイ13:31〜32)と聖書には書かれています。

はじめは小さくても、後や終わりに大きくなり、栄えるならば素晴らしいことです。日本のことわざにも、「終わり良ければすべて良し」と言われますが、本当ですよね。

最初うまくいっても、後で取り返しのつかない失敗をしたり、壊れてしまったとしたらとても残念ですし、悲しいことです。

長い試練を経験したとしても、人格が磨かれ、整えられ、鍛えられて、その後に素晴らしい働きをすることが理想です。

自分の先を越して行った同僚、後輩、うまく出世したように見える人を見て、自分と比較してあせったり、妬んだりする必要はありません。「人は人」「自分は自分」です。与えられた自分の道を一歩一歩、真っ直ぐに進んで行って下さい。

「ダニエルよ、あなたの道を行きなさい。・・・終りまであなたの道を行きなさい」(ダニエル12:9)と聖書は語ります。神様はあなたにも、「あなたの道を行きなさい。・・・終りまであなたの道を行きなさい」と語っておられるのです。

「千里の道も一歩から」です。今日もあなたの道を行きましょう。素敵な一日でありますように。


🧡【動画メッセージ】
「人生、いつも今が最高!」
https://youtu.be/iQDtEWhG-_c


ハート(緑)【5/31(月)新大久保駅 路傍伝道】
https://youtu.be/J-YyVzIUKAk (祝福ソング)
https://youtu.be/jpGmdKhAdLQ (全体アップ動画)
https://youtu.be/i32AtPC4hy8 (God bless you.)

ハート(紫)【5/30 新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/SYisb4_Kk_Q(夕礼拝)


ハート(矢)「編集後記的メッセージ 『自分に与えられた分を生きる』」

「自分」とは、「自分に与えられた分」と書きます。人にはそれぞれ神から与えられた分が与えられているものです。

その分を超えることなく、わきまえ、感謝しながら生きていきたいものです。

与えられた分を感謝せず、与えられていない人生を生きようとしても、そうしたくても、うまくいかないものです。

「神の賜物と召しとは、変えられることがない」(ローマ11:29)と書かれています。

神の召し(コーリング)があると、その召しに対して、それを成し遂げるために必要な賜物が同時に与えられています。そして、その両者は変わることがありません。

少し寄り道をし、遠回りをしても、神が与えられた分に立ち返り、感謝し生きることが大切なのです。

かつて私にも、与えられた分を超えたところに数々の夢を抱いていたことがあります。しかし、そこには召しと賜物がないので、徒労に終わりました。

召しと賜物に生きるということは、神が定めたパズルのピースのようなものです。この世界の一人ひとりがそのピースとして生きる時に、それが神の一つのご計画を完成するために用いられていくのです。

みんながモーセやヨシュア、ダビデやソロモン、エリヤやエリシャ、イザヤ、エレミヤ、ペテロ、ヨハネ、パウロではありませんが、聖書に出て来る人物はほかにもたくさんいます。そして、その人物が必要なのです。

自分がなりたい自分を目指すことから、神があなたに召された人生を賜物を活用させていただきながら生きる人生にシフトし、そこを与えられた分として感謝しながら生きていきたいですね。

そこに、神の祝福があります。素敵な1日でありますように。
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