
〈4/30(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22079 (写真入り記事)
「類は友を呼び、親しくなる」
インターネットを活用する楽しみの一つは、新しい出会いと、出会ったもの同志の関係を深める手段になり得ることです。
一昔前、関係する団体でホームページを作ろうという話し合いになった時に、年配の方々の中から賛否両論が出ました。
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�▲ぅ鵐拭璽優奪箸鮖箸Δ函◆覆泙襪破睨,任盪箸Δ茲Δ法砲發里垢瓦す�告の効果がある
インターネットは、使い方次第では危険も伴いますし、使い方次第では効果的な情報伝達手段にもなり得ます。
しかし、そこには何の魔法もありません。しっかりしたコンテンツを持っていなければ、ほとんど効果が得られない可能性もあります。
また、何が危険かを勉強し、知った上で慎重に活用すれば、まず危険な目に遭うことはありません。
インターネットを活用していて面白いと感じることは、ことわざに「類は友を呼ぶ」と言われるように、似た者同志が出会い、惹かれ合い、関係を深められることです。
掲示板、チャット、ライブチャット、ブログ、SNS等をはじめた頃は、友達や仲間を増やそうと努力しました。
しかし、ある時にわかったことがあります。
いくらたくさんの人と出会っても、価値観、考え方、志(こころざし)等が似ていない人と知り合ったとしても、その多くがそれ以上親しくなることはありませんでした。
反対に、出会いを求めなくても、長年SNSをしていれば、たいていの人とは、いつか、どこかで知り合うチャンスがあり、親しくなれる人が居るものです。それは、親しくなるべくして親しくなった人です。
もちろん、すべての出会いの背後には、神の摂理(=導き)があると信じます。
中には、「あなたともっと昔から知り合っていたら良かったのに」と思う人もいます。
しかし、そうではありません。
出会い方は、その人との今後の関係の方向を決めてしまうことがあります。
時には、敵と味方を分けてしまうことさえあります。
だから、人との出会いは不思議です。
インターネットを通して知り合った人の中には、
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�▲優奪箸巴里蟾腓ぁ▲優奪箸能�わってしまう人
��リアルで知り合い、リアルで終わってしまう人
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などが居ます。
人間関係には、出会う場面設定、出会う時期が大きく左右することがあります。
「もし・・・」ということを考えるのは非現実的ですが、理想的なカップルになり得る男女なのに、そのお互いが出会う前に別の人と出会って付き合っていたり、結婚をしていたとしたら、恋愛や結婚はあきらめなくてはなりません。
また、その人の置かれた環境によっても、どんな人に惹かれるのかも変わってしまうものです。
ある女性が、タクシーの運転手になるのと、婦人警官になるのと、看護師になるのと、社長秘書になるのでは、惹かれる相手も違うし、結婚する相手も変わってくるものてす。
ある知人は、「結婚したいのに、結婚相手との出会いがない!」と嘆きますので、私は次のようにアドバイスしました。
「出会いがないことを嘆くのではなく、やがて来る出会いに備えて自分を磨き、自分に与えられた人生をひたむきに生きて下さい」と。
この人は、私のアドバイスを心に留めて、以後、自分磨きと自分を生きることに徹したそうです。
そんなある日、素敵な男性との出会いがありました。その瞬間、男性の心がときめきました。輝いて生きているその女性に一目惚れをして、2人は結婚をしました。
もし、その女性が、以前のように、出会いがないことを嘆いていたとしたら、男性は女性に魅力を感じなかったかも知れません。
大切なことは、自分を最高に生きることです。
どんな人でも、輝いて生きているなら、魅力があります。
バラにはバラの美しさがあり、チューリップにはチューリップの美しさがあり、ひまわりにはひまわりの美しさがあるように、あなたにはあなたの美しさがあります。
私は、文章を通して、たくさんの人に喜怒哀楽の体験や聖書のメッセージを分かち合いながら、最高の友達を作りたいと思っています。
「類は友を呼ぶ」というのは本当だと思います。だから、自分の気持ちを文章にしているのです。
有名なこんな歌があります。
「1年生になったら」 まど・みちお 作詞/山本直純 作曲
1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で 食べたいな 富士山の上で おにぎりを パックン パックン パックンと
1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で かけたいな 日本中を ひとまわり ドッシン ドッシン ドッシンと
1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で 笑いたい 世界中を ふるわせて ワッハハ ワッハハ ワッハッハ
100人の友達といっても、広く浅い付き合いの100人てはなく、たった1人の友達が100人できたら楽しいと思います。
仮に、100人で富士山の頂上でおにぎりを食べても、100人で日本一周の旅に出かけても、100人で世界を震わせるような大笑いをしても、それで終わってしまうとしたら、群衆の中の孤独を感じるものです。
親友100人なら最高です。
今日、この文章を読んでくれた人と、そんな友達になれたらと思います。
🧡【動画メッセージ】
「これが最高!」
https://youtu.be/sy7CyD6xuto

【新宿福興教会 オンライン礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w

【経堂駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/Zb6HibrAPuw(正面)
https://youtu.be/LrFQBse092g(右側)
https://youtu.be/NKFkQzDXpSc (短い動画)
※ 昨晩は、今朝の早起きのために12時頃に休みました。普段より何時間も早いです。お陰で気持ちのいい朝を迎えました。今日はこれから消防団の活動で出かけます。消防署員は職業ですが、消防団員はボランティアです。しかし、地方公務員特別職になります。本職は牧師で、人々の心に火をつけることが仕事ですが、火災が起こったらボランティアで火を消します。
しかし牧師は、ただ人々の心に火をつけるだけではなく、罪の火を消すことを同時にします。人は、自分が自己中心だとわからないほどまでに自己中心です。それが罪の症状だから仕方ありません。自己中心は、無意識で罪を擁護し、神に敵対しているのです。その罪の火を消すことは容易ではありません。なぜ救いを受け取るのに信仰が必要なのでしょう? それは、自ら罪からの救いを求めるプロセスが必要なのです。「救われる必要がない」と思っている人を無理やり救うことがないのです。聖書は、「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(コリント人への手紙第一12章3節)と語ります。罪を認識させ、罪から離れたいと願い、そのためにイエス様が必要なことを悟らせるのは、唯一聖霊の働きです。そして、その時に、イエス様の愛によって罪の火は消されます。その時、心は燃え始めるのです。今日も、火事は消しますが、人の心に火をつける牧師として働きます。共に力を合わせて働き、生きていきましょう。
午後6時から、大久保駅北口ガード下で路傍伝道も行います。お祈り、ご参加もよろしくお願いします。
素敵な一日でありますようように。
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