mixiユーザー(id:64142320)

2021年03月19日00:36

36 view

NHK(九州山口)(3月11日)��

南西諸島に「固着域」の可能性も
03月11日 21時08分

東日本大震災後、鹿児島大学などのグループが地震活動が解明されていない南西諸島北部で海底に地震計を設置して詳しく調べた結果、通常の地震やスロー地震と呼ばれる現象の発生が少ない領域があることが分かりました。
大きな地震につながる「固着域」の可能性もあり、今後の研究が注目されます。

研究を行っているのは、鹿児島大学南西島弧地震火山観測所の仲谷幸浩特任助教や京都大学の研究者らのグループです。

このグループは、プレートが沈み込み地震活動が活発な一方、観測機器のある陸地が限られ、研究が十分に進んでいなかった喜界島沖などで、7年前から海底6か所に地震計を沈めて得られたデータを分析しました。

その結果、通常の地震や、プレート境界の断層がゆっくりとずれ動く「スロー地震」と呼ばれる現象の発生が少ない領域があることが分かったということです。

仲谷特任助教は、プレートの下へ安定的に沈み込み地震を引き起こさない領域の可能性がある一方で、岩盤の境目がほとんど動かずひずみがたまって大きな地震につながる「固着域」の可能性もあるとしています。

この近くには、1911年に津波で大きな被害をもたらしたマグニチュード8クラスの巨大地震の震源域があり、今後はこの周辺に絞って海底地震計を設置し、観測を進めることにしています。

仲谷特任助教は「過去に巨大地震が発生した場所の今の状態を詳しく調べ、どのようになっているかを明らかにしたい」と話しています。

【琉球海溝・南西諸島海溝付近 過去の地震】
鹿児島県から沖縄県の太平洋側の海底にのびる琉球海溝、南西諸島海溝付近では、過去に津波を伴う地震が繰り返し起こっています。

100年余り前の1911年6月15日、喜界島周辺を震源とするマグニチュード8クラスの巨大地震が発生し、奄美大島や喜界島で震度6程度、沖縄本島でも震度5程度の揺れがあったと推定されています。

この地震により各地で住宅の倒壊や崖崩れが相次いだほか、沿岸に津波が押し寄せて12人が犠牲となりました。

また、1771年には、沖縄県の石垣島近海を震源とするマグニチュード7クラスの地震が起き、発生した津波が先島諸島を中心に襲ったことで1万人以上が犠牲になったとされ、「明和大津波」と呼ばれています。

ただ、琉球海溝の周辺では、プレートの沈み込みに伴い地震活動が活発な一方で、震源域や地震の発生間隔などの解明に向けた研究は、南海トラフなどほかのプレート境界と比べて十分に進んでいないと考えられています。

背景には、周辺の陸地が点在する島々に限られるため十分な観測網を築けないことや、歴史的な資料が少ないことなどがあり、調査や研究をさらに進める必要があると指摘されています。

【専門家「固着域候補か】
一方で近年は、琉球海溝付近で起こる可能性がある巨大地震のリスクについて、解明に向けた研究も進みつつあります。

南西諸島の地震活動に詳しい琉球大学の中村衛教授らの研究チームは、沖縄本島からおよそ60キロ南の海域に専用の機器を設置し、10年間、地殻変動を観測しました。

その結果、琉球海溝沿いで巨大地震を引き起こすおそれのあるプレートどうしが接着した「固着域」の存在を突き止めました。

中村教授は、琉球海溝付近を震源とする巨大地震や津波が起きる可能性について、「基本的に地震や津波がない地域だと誤解されている部分もあるが、大きな地震につながる可能性がある固着域の存在が徐々に分かってきている。固着域は鹿児島付近から南西諸島全体にところどころあると思うが、その分布は分かっていないのが現状だ」と指摘しています。

そのうえで、鹿児島大学などの研究グループが通常の地震やスロー地震の発生が少ない領域を見つけたことについて、「近くに1911年の喜界島周辺で起きた巨大地震の震源があることを踏まえると、今回の領域は“固着域の候補”とも言え、非常に重要な結果だ」だとして、今後こうした場所をさらに探して地殻変動の観測などの調査を行い、巨大地震や津波のリスクを解明していくことが重要だと話しています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20210311/5050013905.html

被災防災士ママの思い
03月11日 19時59分

東日本大震災から11日で10年。
宮城県で被災し、熊本県に移住して防災士になった女性、柳原志保さんがいます。
被災の経験をきっかけに、「後悔のない備え」の大切さを訴え続けています。
この防災士の10年目の思いを取材したVTRをご覧ください。
(データ放送ではご覧になれません)
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20210311/5000011624.html

運動公園元臨時職員が着服
03月11日 19時59分

熊本市の県民総合運動公園で受付を担当していた20代の臨時職員が、おととしまでの2年間にわたり、テニス場の利用料金から合わせておよそ60万円を着服していたことが分かりました。

これは、県から公園の管理を委託された指定管理者の県スポーツ振興事業団が会見し、明らかにしました。

それによりますと、熊本市東区の県民総合運動公園でおととし8月までの2年間、当時専門学校生だった20代の臨時職員がテニス場の利用料金から342回にわたって、合わせて58万円余りを着服していたということです。

この臨時職員は受付の担当で、利用者から料金を受け取ったあと、システム上でキャンセル扱いにし、そのまま現金を着服していました。

同僚の職員が気付いて発覚し、臨時職員は父親とともに全額を返済したあと解雇されました。

これについてスポーツ振興事業団は県に報告しておらず、先月になって匿名で県庁に着服の情報が寄せられたということです。

県は報告を怠った事業団に再発防止を指導しました。

県スポーツ振興事業団の小原雅晶理事長は「県ならび県民の皆様に心からおわび申し上げる。職員の不正防止に取り組みたい」と述べ謝罪しました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20210311/5000011623.html

入試欠席の受験生に合格通知書
03月11日 19時56分

北九州市立大学は、先月の入学試験を欠席した受験生に合格通知書を送り、本来合格していた受験生を欠席扱いで合否の判断をしないミスがあったと発表しました。

北九州市立大学によりますと、先月26日に行われた文学部比較文化学科の前期日程の入学試験で、欠席した受験生に合格通知書を送り、本来合格していた受験生を欠席扱いで合否の判断をしないミスがありました。

本来合格していた受験生が、受験番号が似ている欠席した受験生の席に座っていたことに、試験監督が十分に確認せず気付かなかったことなどが原因だとしています。

欠席した受験生に合格通知書を送ったところ、高校を通じて問い合わせがあり、ミスに気付いたということです。

大学は2人に謝罪するとともに、本来合格していた受験生に合格を通知し、欠席した受験生から合格通知書を回収しました。

北九州市立大学の松尾太加志学長は「この事態を厳粛に受け止め大学全体で再発防止に向けた取り組みを強化するとともに信頼回復に努めてまいります」とコメントしています。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/20210311/5020008215.html

工藤会事件弁護側が無罪訴え結審
03月11日 19時56分

特定危険指定暴力団「工藤会」が市民を狙ったとされる事件で殺人などの罪に問われているトップの野村悟被告らの裁判で、弁護側が「直接的な証拠は何一つない」として無罪を主張し、すべての審理が終わりました。
検察は野村被告に死刑を求刑していて、判決はことし8月に言い渡されます。

北九州市の特定危険指定暴力団「工藤会」のトップで総裁の野村悟被告(74)と会長の田上不美夫被告(64)は、工藤会が市民を狙ったとされる4つの事件に関わったとして殺人などの罪に問われ、ともに無罪を主張しています。

裁判では一連の事件について「トップの指示」があったかどうかが争われ、検察は、工藤会で絶対的な存在である野村被告が犯行を指示し、その意思決定に田上被告も関わったとして、野村被告に死刑を、田上被告に無期懲役などを求刑しています。

11日の裁判では、弁護側が最終的な主張を行い「被告らが事件を指示、命令、承諾した直接的な証拠は何一つない」と強調しました。

証人たちの証言についても「捜査当局が描くストーリーに迎合して虚偽の供述をしていて、信用できない」として、捜査の在り方を批判し、改めて無罪を主張しました。

最後に、野村被告は「どの事件にも関わっていないし、無罪です。裁判所の公正な判断を希望します」、田上被告は「あまりにひどくずさんな裁判です。証拠に照らして的確な判断をしてほしい」と述べました。

おととしから始まり61回に及んだ裁判は、11日ですべての審理が終わり、判決はことし8月24日に言い渡されます。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/20210311/5020008214.html

遠賀川河川敷でつくし採り
03月11日 19時56分

飯塚市を流れる遠賀川の河川敷ではつくしが次々と育ち、訪れた人たちがつくし採りを楽しんでいます。

遠賀川の河川敷のつくしは、菜の花とともに春の風物詩となっています。

春らしい暖かさにつつまれた河川敷には地元の人たちが訪れ、10センチほどに育ったつくしを次々に摘み取っていました。

つくしは、少し苦みがある春の山菜としても地元の人たちに親しまれています。

地元の人によりますと、つくしは頭に青みがあり、ある程度の大きさに育ったもののほうが料理がしやすくおいしいということです。

つくし採りに訪れた人は「湯がいて卵とじにするとおいしいです」とか、「天ぷらにして食べます」などと話していました。

遠賀川の河川敷のつくし採りは、今月中旬まで楽しめそうだということです。
https://www.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/20210311/5020008213.html

豪雨被災者支援の震災経験者は
03月11日 19時15分

10年前、福島県郡山市で被災したあと、日田市天瀬町に移り住み、去年の豪雨で被災した人たちを支援し続けている男性は、「つい最近のことのように記憶に残っていて死ぬまで忘れられません」と振り返りました。

日田市天瀬町で雑貨店を営む布目光養さんと(60)妻の留美さん(61)は、福島県郡山市でコンビニエンスストアを経営していた際に、東日本大震災を経験しました。

光養さんは当時について「つい最近のことのように記憶に残っていて死ぬまで忘れられません。立っていられないくらいの強烈な地震で、当時、売り場にいたが、スローモーションで棚の物がすべて落ちていくのをただ眺めているだけだった。被災者のために店を続けなければと思った」と振り返りました。

そして、「老後は温泉につかりながらのんびり暮らそう」と天瀬町の温泉街に移り住んむことを決めた直後の去年7月、記録的な豪雨で街は大きな被害を受けました。

「被災した人たちの力になりたい」と2人はコンビニエンスストアを経営していた経験を生かして、温泉街の一角で雑貨店の経営を始めました。

光養さんは、「『店を開けてくれてありがとう』と感謝されることも多く、とてもよかったと思う。温泉街の復興を願う人たちに寄り添っていきたい」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/lnews/oita/20210311/5070009259.html

豪雨被害の体育館で授業再開
03月11日 18時54分

去年7月の豪雨で被害を受けた大牟田市の小学校で体育館の修理が終わり、11日、およそ8か月ぶりに体育館での授業が再開されました。
大牟田市のみなと小学校は、去年7月の記録的な豪雨で校舎の1階や体育館が浸水する大きな被害が出ました。
このうち体育館で床や壁を張り替える工事が終わり、およそ8か月ぶりに体育館での授業が再開されました。
11日は、6年生のクラスでバスケットボールの授業が行われ、児童たちは、生まれ変わった体育館で楽しそうに汗を流していました。
みなと小学校では、校舎の修理もすでに終わり、机や棚などを搬入する作業が行われています。
4月の新学期からは新しい教室で授業が再開されることになっています。
男子児童の1人は、「久しぶりにみんなと体育館で激しい運動ができてうれしかったです。大事に使いたいです」と話していました。
また、女子児童は、「体育館が完成して卒業式にも間に合うようになったのでうれしいです」と話していました。
みなと小学校の馬籠秀典校長は、「まずは卒業式に間に合い安心している。体育館で授業をする子どもたちの笑顔を見られてうれしく思います」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20210311/5010011207.html

自衛官殺害から21年情報提供を
03月11日 18時54分

久留米市の路上で、自衛官の男性が刃物で殺害された事件から11日で21年となり、警察は現場近くで情報提供を呼びかけました。
遺族も参加し、未解決のまま時間が経過した無念の思いを語るとともに、わずかな手がかりでも得たいと訴えました。
平成12年の3月11日、久留米市日吉町の路上で当時27歳だった陸上自衛官の切明信行さんが帰宅途中に何者かに刃物で刺されて殺害されました。
犯人につながる有力な手がかりが得られないまま事件から11日で21年となり、警察は11日夕方、現場近くの西鉄久留米駅で、駅の利用客などに「求む情報!」と書かれたチラシを配って情報提供を呼びかけました。
警察によりますと、容疑者は、目撃情報から、30歳から40歳くらいの男で身長が1メートル70センチほど、長髪でパーマをかけ、黒っぽい服装だったということです。
11日は、切明さんの姉、恵美さんも警察とともに街頭に立ち「情報提供をお願いします」と呼びかけました。
恵美さんは「この活動に参加することで当時のつらい気持ちを思い出してしまうので正直苦しいです。しかし、月日が経ち、弟の事件が忘れ去られていると感じていたため、どうしてもやらなければいけないという気持ちで呼びかけています。弟は本当に真面目で気持ちの優しい人でした。自衛官としても後輩思いだったと聞いています。そんな弟がなぜ殺されなければならなかったのか、理由を知りたいです」と、未解決のまま21年が経過した無念の思いを語りました。
その上で「犯人が死刑になっても許せません。名乗り出てほしいです。皆さんにも事件を知ってもらいどんな小さな情報でもいいので教えてください」と、わずかな手がかりでも得たいと訴えました。
久留米警察署の俵積田政志署長は、「年間数件の情報が寄せられているが、犯人に直接繋がる情報はまだありません。わずかな情報でもいいので提供してほしい」と話していました。
情報提供は、久留米警察署自衛官殺人事件捜査本部、0942−38−0110です。
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20210311/5010011206.html

東日本大震災10年で追悼の集い
03月11日 18時54分

福岡市内の公園では追悼の集いが開かれ、集まった人たちが黙とうをささげました。
福岡市中央区の警固公園では福岡市のボランティア団体が追悼の集いを開きました。
この集いは震災のよくとしから毎年開かれていて、午後2時46分にあわせて集まった人たちが黙とうをささげました。
また、会場には、現地の様子をおさめた写真が展示されたほか、一角には追悼のための台が設けられ、道行く人たちが鐘を鳴らしたり、手を合わせたりして祈りをささげていました。
追悼の集いを企画した吉水恵介さん(64)は「10年で節目と言われているが、通過点でしかなく、被災者も心の整理ができていない人が多い。風化をさせないためにも活動を続けていきたい」と話していました。
集いに参加した春日市の高校1年の生徒は「新型コロナウイルスの影響がある中でもこうして学校生活を送れていることが幸せなんだと思わされた。若い世代の自分たちがこれからも震災の話をすることが大事だと思う」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/fukuoka-news/20210311/5010011205.html
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する