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2021年03月16日09:19

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死後委託サービスは、おそらく、入り口より出口が問題だ。

自分が死んだら…と、ふと、頭をかすめることがあります。
一番、考えなければならないのは、書籍などの文化財です。

この前、学会でそのことを御大に言ったら
「やっちゃん君しか持っていない本があるということは、その価値がやっちゃん君にしかわからないということだ。だから、その本がいかに価値があるかということを論文にしないといけない」という、まことにもっともな答えが返ってきました。
観察すると、東洋学系の人はそういう書籍を数冊は持っているようです。

では、図書館に寄付ということになると、図書館も欲しい本は限られています。重複もあるでしょうし、スペースの関係もあります。都心の大学、たとえば、早稲田、明治、慶応、法政、大妻…などが校舎を建て替えることがあります。その時に、現在、図書館が五階だとして、将来のことを考えて二十階建てにするかというと、そうはなりません。
死んでいく人の蒐集の成果を受け止めるインフラがありません。
(読むだけなら、国会図書館のデジタルライブラリーは、良く出来ていますが)

また、美術品はもっと微妙です。

友人に彫刻家がいます。日展などを何連覇もしていますが、彼の作品は自分のアトリエに収蔵されています。都心にアトリエを建てるのは難しいから、都心まで二時間かかるところに建てています。

彼の作品が残るかは、どうですか。微妙です。息子さんは死後も作品を守るでしょうが、その後です。彫刻というのは、なぜか依り代の不気味さがないものですから、たとえば、田中角栄などの政治家や山中伸弥、本庶佑など社会的に顕著な功績を持つ人をモデルにしたものであれば、記念館のようなところの庭に置いてもらうこともできるでしょう。

絵画は、安価にもらい受けたりするシステムがあってもいいと思います。
無名だがいい絵というものがあります。たとえば、中学の美術の先生の絵に感銘を受けたことが数回あります。
逆に、日展などの公募展の傾向を調べ上げて、いいポジションについたが、凡庸という人もいます。
たとえば、フェルメールが画材屋のオヤジであり、見本として書いた絵が名画になっているというエピソードが思い浮かびますが、必ずしも賞歴や肩書ではないことは明白です。
燃やすのはあまりにももったいないから、いいと思った絵を、喫茶店の店主などがもらい受けるシステムがあってもいいですね。

以上は、収蔵品や作品の話ですが、
死後の祭祀なども、もっと明らかにしておくべきです。たとえば、供養塔などへの合祀ですが、ここは、寺院の飯のタネとかかわるところ。お寺さんは口が重くなるでしょう。だから、NPO的な団体の活躍が期待されます。

ただし、このニュースはうさん臭さがあるのも事実です。
身寄りがない人が亡くなったときには、役所が片付けます。
数十万もとって役所以上の価値があるのか、また、謳っていることを本当にやってくれるのか…という問題がありますね。。

■「自分は負担だと知った」 死後委任サービス広がる事情
(朝日新聞デジタル - 03月15日 15:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6446506
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