一旦離脱していたNetKeibaさんに先週再び登録した。
予想ゲーム「俺プロ」をメインにデータベースをちょくちょく漁っていたが、
以前このデータベースで多頭数の障害戦を2つ紹介したが、
さらに調べていくとこの2レースを上回る障害戦が日本で行われたことが分かった。
時は昭和44年4月29日の第3回東京競馬3日目の第3競走。
このレースでは中山グランドジャンプや中山大障害を上回る17頭が出走した。
しかもバリヤー式ではなくウッド式のゲートということでよう設置できたなぁ
と頭数を見て感心した。
その時の出走馬は次の通り(なお昭和44年当時は障害戦の下限斤量が53キロだった)。
昭和44年 東京・障害未勝利 ダ2700m
� �1 ナガオー 53 平井 雄二
� �2 タイムホープ 53 蛯名 久
�◆�3 スイノコトブキ 54.5法理 弘
�◆�4 タマドール 55 鹿野 八郎
�� 5 クリシュン 53 山田 広士
�� 6 センセイ 54.5吉田 晴雄
�ぁ�7 キングバード 53 星野 信幸
�ぁ�8 メジロトモエ 53 渡辺 修一
�ァ�9 ショウユウ 55 山田 則弘
�� 10 ハーバーゲンタ 55 長池 辰三
�� 11 ハツコダマ 53 安田 富男
�� 12 ロイタン 53 白石 一典
�� 13 メリーダンサー 53 横山 富雄
�� 14 ナスノツバサ 53 金井 国男
�� 15 クロースターフ 53 牛腸 泰治
�� 16 キタノセンリョウ 53 田沼 忠雄
�� 17 フジノセカイ 53 大沢新三郎
これだけの出走頭数にもかかわらず、17頭全馬完走という快挙を成し遂げた。
ちなみにこのレースを勝ったメリーダンサーは翌年の昭和45年に京都大障害・秋、
さらに次の昭和46年には東京障害特別・春を制覇した。またこのレースに
騎乗していたのは横山典弘騎手のお父さん、さらに横山和生・横山武史両騎手の
おじの横山富雄氏であった。
ログインしてコメントを確認・投稿する