2/21(日)今朝の陽気に誘われて、久しぶりに庵山公園に上ってきました。
森幼稚園の横を通って庵山の登り口に到達。庵山の謂れを書いた看板が立っています。
いわく、心月庵という庵があったことから「庵山」という名前がつけられたようです。
五輪の塔が中腹にありましたが、麓の梅林院の境内に移されたという。現在は登山道
も舗装されています。最近は、竹林がはびこり高台からの見晴らしも良くないですね。
公園の広場には鈴木藤三郎の顕彰碑や観音像、浪曲「遠州森の石松」の歌詞碑なども、
並んでいます。愛子桜が二本、既に満開状態で咲き誇っています。奥の方には大きな
遺芳塔の丸いドームの建物があります。
丁度眼下に梅林院の本堂の屋根が見えますが、昔は三嶋山のふもとにあったそうです。
庵山の麓には、枝垂れ梅の木が2本植えられています。紅梅ですので丁度今が見頃にな
りました。五輪塔の謂れは、大須賀五郎左衛門の墓だと言われてきましたが、その弟の
墓だと解りました。
急に気温が上がりましたので、午後から外の仕事をします。
鈴木藤三郎は、森町の出身で報徳の教えを実践して、初めて「氷砂糖」を作り特許を取得
しました、その後製糖業に進出して、台湾に台湾製糖会社を作りました。現在も台湾では
当時の工場が稼働しており、現地の農家に現金収入の道を与えています。
浪曲「遠州森の石松」ので出しの歌詞は森町の茶商嶋さんが考えて「娘やりたや、お
茶積みに」等と森町の名産のお茶の宣伝文句も入れた大正時代のCMソングです。
♪旅ゆけば〜駿河の國に茶の香り。広沢虎造の名調子に乗って全国つづ浦々まで森町の
お茶と石松の名前が知られて行きました。
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