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2021年02月12日22:03

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「哀愁でいと」〜「愛のカサブランカ」昭和歌謡曲142洋楽カバー曲〜ピンクタイフーンはD

〜「ゴッドファーザー」「ダンシング・ヒーロー」〜レベルAからⅮまで〜

‘60年代前半、私が子供の頃は、特に若いポップス系歌手は外国のカバーばかり
歌っていた
中尾ミエの「可愛いベイビー」とか尾藤イサオの「悲しき願い」は
彼等の代表曲になっていた。
♪みんな、おいらが悪いのさ♪
フォト
位置情報森喜朗会長が辞意表明「私がいる限り、ご迷惑を」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=6410173

しかし、カバー曲というのは、日本人同士ならアレンジや歌い方に
変わりがあるが、タイトルや歌詞は基本的に変わらない。
シンシアの「17才」も森高千里の「17才」も、同じと言えば同じ。
だが、洋楽はそうではない。
手(パー)仮にレベルを設定すると、
A =完全カバー、題名も歌詞も原題、原詞(英語などの外国語)のまま、
英語が出来るシンシアや竹内まりやのアルバム曲にはあるが、
これでシングルレコードを出した記憶はちょっとない。

B =外国語の題名を訳詞にして、歌詞は日本語詞だが、原詞に基づいた訳詞。
C =題名は、新たに原題に近い日本語にして、歌詞も原語を元に大意を変えない
日本語詞←だいたいこのレベルの洋楽カバー曲が多い。
D=題名も歌詞も原語とは全く違うモノ。もうメロディだけ拝借して、原型を
とどめていない歌。

こうして考えると、その後のグループサウンズでも、
るんるんテンプターズの「今日を生きよう」(作詞:なかにし礼)、
原曲はグラスノーツの「Let's Live For Today」)
昭和42年10月リリースの「忘れ得ぬ君」のB面だが、結構テレビでも歌っていた。
これはBだな。

るんるんザ・カーナビーツの「好きさ好きさ好きさ」昭和42年
(日本語詞:漣 健児)もB。
原曲のゾンビーズ「I LOVE YOU」より売れたらしい。120万枚とか、
本当なら後述する西城秀樹の「ヤングマン」(80万枚)より売れたことになる。
ドラムのアイ高野がステックを突き刺し、「おまえのすべてを〜」と
絶叫したのが受けた。
フォト

公式には、洋楽カバーで最高売り上げは
皆川おさむの「黒猫のタンゴ」223万枚、まぁこれは納得。
次位が「ヤングマン」だった。
http://amigo.lovepop.jp/cover_yougaku.html

ムード「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」、やはりザ・カーナビーツ演奏
44年、日本語詞は漣 健児。原曲はザ・ビートルズ。
https://www.youtube.com/watch?v=x-qc-mcKaaw

原詞のデズモンドとモリーが太郎と花子になっただけで、歌詞の内容はほぼ同じ。
B+だな。

るんるんゴールデン・ハーフって、オリジナル曲を作ってもららず
洋楽のカバー曲ばかり、それも‘50年代〜60年代初めの昔の曲ばかり
「チョット・マッテ・クダサイ」(46年)なんかは、比較的新しい
https://www.youtube.com/watch?v=UVfe7Y14j6c

サム・カプーのオリジナルは43年。原題も「Chotto Matte Kudasai」
フォト
外人さんが、日本語の題名を付けたわけだ。B+とする。

手(パー)それで、昭和45年というか、’70年代と言った方がスッキリするんだが
洋楽カバー曲がめっきり少なくなるんだよね。

ヒット曲と言えば、
るんるん「別れの朝」(昭和47年)ペドロ&カプリシャスくらかな?
作詞:なかにし礼。原曲はドイツ語「Was Ich Dir Sagen Will
(直訳で「君に伝えたいこと」原詩は、とにかく別れの歌らしい。
Bと言ったところ。
http://opera-cat.net/Was%20ich%20dir%20sagen%20will.pdf

ヤングアイドルの曲も、日本人が作った曲が多くなった。
と言っても、某日本人売れっ子作曲家の曲は、
洋楽のパクリみたいのが多かったけれどね

ムード尾崎紀世彦「ゴッドファーザー愛のテーマ」47年7月訳詞千家和也
https://www.youtube.com/watch?v=hFe5QYg1hEc

言う間でもなく、同名の映画の主題歌「Speak Softly Love」と呼ばれる。
Bですね。

るんるんシンシアは昭和48年7月『カリフォルニアの青い空』(中央画像)
(アルバート・ハモンドの It Never Rains In Southern California」をリリース。
B面は、やはり洋楽カバーの「雨に消えた初恋(カウシルズ)、
これはシンシアの洋楽カバーを集めたアルバムから、シングルカット。
新曲が早く欲しいという営業の要望に応えての発売だったそうだ。
これは、タイトルは日本語で、やや原題を変えているが、英語で歌っているから
A−と言ったところ。

るんるん西城秀樹が昭和54年ヴィレッジピーポルの「YMCA」を「ヤングマン」の
タイトルでヒットさせてから、同グループの「イン・ザ・ネイビー」を
ピンクレディと渋谷哲平がカバーした。

渋谷の「ヤングセーラ―マン」は、まだ「船乗り」とか♪イン・ザ・ネイビー♪の
掛け声を残していてBだが、ピンクレディの「ピンクタイフーン」は、
全く題名も歌詞も原曲とは違うD!

るんるん田原俊彦「哀愁でいと」日本語詞:小林和子(昭和55年)もDだね。
原曲は、レイフ・ギャレットの「ニューヨークシティナイト」
その前年にヒットした「I Was Made for Dancin’」の方が印象に残っていた。
フォト


るんるん「潮騒のメロディー」高田みづえ 作詞:斉藤仁子54年
https://www.youtube.com/watch?v=HB59LBqW1ww

これはカバーとは言えないな。
フランク・ミルズによるピアノ曲「愛のオルゴール」に詞をつけたものだから。
これがカバーならザ・ピーナツの「情熱の花」やヴィーナスの「キスは目にして」は
ベートベンの「エリゼのために」のカバー曲になってしまう(^^:。

るんるん「哀愁のカサブランカ」郷ひろみ57年7月日本語詞、山川 啓介
https://www.youtube.com/watch?v=p3dnKBE8gNw

原曲は、バーティ・ヒギンズの「Casablanca」
まず、昭和17年にハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが出演した
映画アメリカ「カサブランカ」が制作された。
バーティ・ヒギンズは、それをモチーフに「カサブランカ)」を昭和57年にリリース。
郷ひろみ版でも同じように、かつて映画「カサブランカ」を見て、その後、
別れた恋人を
歌っている。Bだな。

るんるん「ダンシング・ヒーロー」荻野目 洋子60年11月日本語詞篠原 仁志
原曲はアンジー・ゴールド「イート・ユー・アップ」
https://www.youtube.com/watch?v=hf4kyTBbbH4

これ、2,3年前に大阪の高校強豪ダンス部がコンテスト用の組曲に用いたことにより
再注目されリバイバルしたね。レベルはCかな?


ムード「ヴィーナス」長山 洋子61年日本語詞篠原 仁志
https://www.youtube.com/watch?v=q-0W6wPuSvI

これは、ショッキング・ブルーの原曲が昭和44年、私が中学の時に
流行った作品で15,6年ぶりのリバイバル。
フォト
懐かしさがこみ上げた。題名が同じなのでBとする。







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