〈1/12(火)本日の一言メッセージ〉
「思い出せ、本当の自分を!」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21925 (写真入り記事)
以前ライオン・キングのミュージカルを鑑賞しました。その時の光景を時々思い出しますね。
ストーリーはディズニー映画の「ライオン・キング」ですでに知っていたので、目新しさはありませんが、何度観ても感動します。
主役の子どもライオン「シンバ (Simba)」は、プライド・ランドの王であるライオン「ムファサ (Mufasa)」の息子。日本的にいえば皇太子です。
「ムファサ (Mufasa)」には、「スカー (Scar)」という弟がいます。王位継承はムファサに継いで第二位でしたが、王子シンバ誕生によって第三位になりました。
スカーは、それを不快に思い、妬み、ムファサとシンバ殺害を画策し、ライオンの敵であるハイエナと手を組みました。
スカーは、力ではムファサに敵わないので、陰湿かつ、狡猾な悪知恵を使って、シンバをヌーの大暴走に巻き込ませ、シンバを助けようとしたムファサを崖から突き落として殺害しました。冷酷極まりありません。
さらに、殺害を隠し、ムファサの死はシンバの責任だと思い込ませて、シンバに罪責感を植えつけてプライド・ランドから追い出し、スカーは、プライド・ランドの王となりました。
ここで、王であるムファサは神、主役のシンバは、私たち自身に置き換えて見ることができます。
神は、アダムとエバを造り、エデンの園に連れて来られ、王と王女にされ、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ」(創世記1章28節)と命じられました。
次に、スカーはサタンで、ハイエナは悪霊を見ているようです。
サタンはアダムとエバが罪を犯すように誘惑しました。二人は神に対して罪を犯して、体は生きていましたが、魂と霊は死んでしまいました。
シンバがプライド・ランドから追い出されたように、人間はエデンの園から追放され、どこから来て、何をして生きたらいいのか、どこに向かって生きていくのかがわからなくなり、生きる意味と目的を失ってしまいました。
シンバは、プライド・ランドから出ると、陽気なミーアキャット「ティモン (Timon)」と、大食いのイボイノシシ「プンバァ (Pumbaa)」という仲間が与えられました。
罪責感に悩まされていたシンバは、仲間たちから励まされました。
「過去に背を向けて前に向かえ!」
「ハクナ・マタタ」(スワヒリ語で『くよくよするな』の意味
「お尻を休めるところが家だからね」
しかし、一時の慰めに過ぎませんでした。
シンバは、王になるために生まれて来たのに、「ケ・セラ・セラ(Que sera sera)」=「なるようになるさ」と生きているうちに、自分が誰なのかがわからなくなりました。
そんな時に、幼馴染で、将来結婚をするように定められていた「ナラ (Nala)」と再会しました。
ナラはシンバに、「プライド・ランドに戻って来て王になってほしい! スカーがプライド・ランドを台無しにしてしまった。今なら間に合う!」と語りますが、自分自身のアイデンティティーを失い、自信をなくしていたシンバはそれを断りました。
ある日、池に映る自分の顔を見ていた時に、父であるムファサの幻の声を聞きました。
「シンバよ、お前は私を忘れたから、お前自身も忘れてしまったのだ。自分自身が誰であるのかを思い出せ。お前は王なのだ。プライド・ランドに行け!」と。
本当の自分と自分に与えられた使命を思い出したシンバは、立ち上がってプライド・ランドに戻り、スカーと戦って勝ち、プライド・ランドの王となりました。
私たちも、神抜きの世界の中で、一時は安らぎを得たり、満足を得られるかも知れませんが、いつか行き詰る時が来るのではないかと思います。
シンバがナラとの再会で、本当の自分に立ち返ることを薦められた様に、人との出会いを通して人生が変わることがあります。
また、シンバがムファサの声を聞いたように、神に導かれることがあるかも知れません。
本当の自分を思い出し、神に立ち返り、本当の自分を生きはじめられた人は幸いです。
新約聖書ルカの福音書15章に、本当の自分自身を思い出して、立ち返った人の話が書かれています。
「ある人に息子がふたりあった。弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた」(ルカ15章11節〜24節)。
神に立ち返り、神から与えられた使命に立ち戻って生きる人は幸いです。
時々、ライオンン・キングのミュージカルの光景を思い出して心が熱くなります。
【動画メッセージ】
「叱られるうちが花」
https://youtu.be/VgXTBxP5pbY
【西日暮里駅 路傍伝道】
https://youtu.be/auVF8l3HMyk (前半)
【新宿福興興味 主日礼拝】
https://youtu.be/6UNdmBE0oDw (夕礼拝)
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