〈11/30(月)本日の一言メッセージ〉
「その人に相応しいことが起きている」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21872 (写真入り記事)
結局、人生において、その人その人に相応しいことが起こっているのだと思います。
1人の人の反対で、道が閉ざされたことがあります。
「あの人さえいなければ・・・」と恨むこともできます。
足を引っ張られないで幸運続きの人がいますので、「運が悪かった!」と、不運を嘆くこともできます。
しかし、神の許しがなければ何事も起こり得ないのです。
つまり、「人生には、その人に相応しいことが起こっている」のです。
聖書は、「いつも 喜んでいなさい。絶えず 祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト ・ イエスにあって、神が あなたがたに 望んでおられることです」(テサロニケ人への手紙 第一 5章16〜18節)と語ります。
一足飛びに、「いつも喜び、すべての事について感謝する」ことは不可能です。
だから、「喜び」と「感謝」の間に、「祈りなさい」と書かれているのです。
祈りの中には、苦しみを吐露したり、ネガティヴな感情を吐き出すことも含まれます。
祈りの中で、心がいやされいきます。
そして、いやされた心の中から、「喜び」と「感謝」が湧き上がって来るのです。
私も、心が傷ついている時には、「人生にはその人に相応しいことが起こる」と頭でわかっていても、心が納得できないので、とても喜んだり、感謝する気持ちになれないことがあります。
しかし、繰り返し神に心を注ぎ出し、悲しさ、悔しさ、つらさを聞いてもらっているうちに、気がついたら、「神様ありがとうございます!」と叫んでいます。
正論は、時に人を傷つけます。残酷ですらあると思います。
しかし、祈るならば、必ず心はいやされ、腑に落ちるようになり、感謝できるようになるはずです。
私は、そうやって幸せな人生を生きています。
「その時、悲しみは大きな喜びに変わるでしょう。 苦しんで子を産む母親の喜びと全く同じです。子どもが生まれると、それまでの激しい苦しみを忘れるほどの大きな喜びに変わるのです」(ヨハネの福音書 16:20-21)
聖書は、私たちの現実の苦しみを産みの苦しみに例えます。
産みの苦しみのただ中で祈り、乗り越えて下さい。やがて子が生まれた喜びで少し前までの苦しみを忘れるように、苦しみは過去のことになり、喜びに溢れるようになります。
素敵な1日でありますように。
【動画メッセージ】
「神は私たちの正義」
https://youtu.be/kZU0QJ4VFuw
【新宿福興教会クリスマス待降節第一礼拝】
https://youtu.be/CRb0RWT3G_8
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