今朝も5時起床。
よく起きれたものだと、自分でも感心する。
昨日より一本遅い、四条発5時55分の竹田行きに乗車。
京都駅八条口のマクドが長蛇の列になっている。
まだ朝の6時だと云うのに、大変な事だ。
構内を抜けて近鉄の乗り場へ。
おジャ魔女どれみの、藤原はづきがいた。
おんぷたんは?
昨日と同じ、6時8分発の橿原神宮前行き急行に乗車。
流石に眠気には勝てず、大和八木の手前まで眠りについていた。
大和八木には7時8分に到着。
大阪線のホームに向かう途中、今度は妹尾あいこがいた。
おんぷたんは?
構内のパン屋「パネトリー八木駅店」でハムロールを購入。
朝食とする。
昨日と同じ7時16分発の五十鈴川行き急行に乗車。
昨日同様に、大和八木で殆ど下車した。
五十鈴川行きの急行でも、爆睡タイムに。
目が醒めたら、新青山トンネルを抜けた所だった。
東青山を過ぎて、榊原温泉口に停車。
駅前にミロのヴィーナスみたいなのが見えたと思ったら、サモトラケのニケも見えた。
一体、何の施設なんだろう?
普通の人は、サモトラケのニケと云えばフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの未来主義創立宣言。
「機銃掃射をも圧倒するかのように咆哮する自動車は、サモトラケのニケよりも美しい」
何だろうが、私からしたら。今井寿の「FUTURE SONG -未来が通る-」だ。
曰く
「蛇のごとく毒を吐き咆哮するマシンガンの弾丸を圧倒し飛び行く残像はサモトラケのニケより美しい 」
伊勢中川に到着。
昨日と同じ8時39分発の名古屋行き急行に乗車。
今日は近鉄四日市で下車する。
次の列車まで時間があるから、駅前の商店街へ行ってみる。
「おもちゃのぺんぎん」と云う店の看板が有名なのだが、残念な事に看板が無くなっていた。
駅に戻り、構内の四日市庵にて軽く食事をする。
22年振りに伊勢うどんを食べた。
近鉄の高架下にある、あすなろう四日市駅
へ。
9時48分発の西日野行きに乗車する。
この路線も、762�个離淵蹇璽押璽検�
だから車内が狭い。
ただ、クロスシートだから、昨日の北勢線の様な事は無い。
吊り掛け式の重低音を鳴らし、がたがたと走り出す。
ゲージが狭いから、実によく揺れる。
軽便鉄道の醍醐味だ。
赤堀を過ぎて勾配を上がり鹿化川を渡る。
日永では西日野方面と内部方面とに分岐する。
Y字型にホームが別れている。
内部からの電車を待つ。
次が終点の西日野。
かつてはここから先、伊勢八王子まで線路が伸びていた。
9時56分、西日野に到着。
折り返し10時2分発の、あすなろう四日市行きにはベトナム人の乗客が多数乗り込んで来た。
日永には10時5分到着。
10時7分発の内部行きに乗車。
発車してすぐ、急勾配とカーブで天白川を渡る。
後は淡々と四日市の市内を走って行く。
泊で交換。
内部には10時18分の到着。
たまたま乗車したのがイルミネーション電車だったので、乗車証明書を頂いた。
内部には車庫もあり、退屈しない。
そこそこ乗客が乗って来て、10時35分に発車。
もと来た路線を戻る。
泊で交換し、日永に到着。
西日野行きの列車を待ち合わせる。
10時52分、あすなろう四日市到着。
これで今日一番の目的は達せられた。
次に、軽便鉄道のナローゲージに乗車出来る日は何時になるだろう。
近鉄四日市に移動し、11時1分発の津新町行きに乗車。
塩浜で下車。
矢張り、何時見ても近鉄電車とタンク車の貨物列車との取り合わせは、違和感がある。
駅に隣接している塩浜検修車庫に、無蓋電動貨車であるモト90形電車が停車していた。
近鉄では無い車輛を連結し、荷台には台車を積んでいる。
養老鉄道の検修でもしているのだろうか?
散々撮り鉄した後、11時39分発の松阪行き急行に乗車。
11時45分に伊勢若松に到着。
11時50分発の鈴鹿線平田町行きに乗車する。
部活の高校生で車内はかなり混雑していた。
12時1分、平田町に到着。
12時5分の伊勢若松行きで折り返す。
伊勢若松には12時15分の到着。
駅前に何か像が見えるから行ってみたら、大黒屋光太夫だった。
この辺りの出身と云う事で、駅スタンプも大黒屋光太夫だった。
12時28分、五十鈴行き急行に乗車。
江戸橋で特急「ひのとり」通過待ち。
津を過ぎて伊勢中川に到着。
ここから先、終点の賢島までは未乗区間である。
余り代わり映えしない車窓を眺めて、松阪に到着。
アーバンライナーが名伊特急の運用に入っていた。
次の列車まで時間が30分程あった。
松阪城までは無理なので、松阪駅前ベルタウンを散策してみる。
寂れっぷりが半端なく寂しくなって来た。
「駅弁のあら竹」の店舗があるのが、唯一の救いだった。
駅に戻りお土産を物色してみる。
松阪13時45分、快速「みえ9号」鳥羽行きに乗車。
ちょうど亀山行きの普通に名古屋行きの快速「みえ」戻り停車しており、賑わっていた。
キハ75の加速は物凄く、近鉄電車と比べても遜色無い。
車内は転換クロスシートで乗り心地も良い。
多気で紀勢本線と別れ参宮線に入る。
かつてダイヘンまで延びていた専用線の跡が残っていた。
まだレールが残っている箇所もある。
この専用線で、大物車に搭載された巨大な変圧器が日本各地へと運ばれて行ったのも、遠い昔の話になってしまった。
田丸城が見えて、伊勢市に到着。
JRの広い構内を挟んで近鉄のホームが見える。
云わずと知れた伊勢神宮外宮の最寄り駅。
ここで殆どの乗客が入れ替わる。
しかし、私は降りずにそのまま先へ進み二見浦まで行く。
23年振りに二見浦で下車して驚いた。
何と、無人駅になっていた。
時の流れの残酷さを思い知る。
駅前から伸びる参道を歩き、御福餅本家へ。
元文三年の創業だから、徳川吉宗の頃だ。
名物の御福餅を買う。
そして、二見興玉神社まで足を伸ばす。
23年振りに参詣した。
古来、伊勢神宮に参拝する前、また、祭典に奉仕する前には、清き渚と称される二見浦で禊を行うのが慣わしであった。
現代ではそれに代わるものとして、二見興玉神社で霊草無垢塩草での祓い清めを受ける。
今日はまた、物凄い長蛇の列だった。
そして夫婦石に参拝。
御朱印を頂き、駅へと戻る。
15時6分の鳥羽行きに間に合ったが、予定通り15時18分発の快速「みえ11号」鳥羽行きに乗車する事にした。
なので、鳥羽行きと、交換する快速「みえ」の撮り鉄をする。
鳥羽には15時26分に到着。
何と、JRの鳥羽駅も無人駅になっていた。
隣接する近鉄の鳥羽駅は大いに賑わってる。
ホームには各地へと走る特急列車が何本も停車している。
その内の一つ、名古屋行き特急は12200系。
矢張り、近鉄の特急はこの色でなければならない。
15時54分発京都行き特急に乗車。
車輛は30000系「ビスタカー」だったのだが。
車内が…
おんぷたんは?
指定された座席は、2号車5番D席。
2階席の海側だった。
昨日も思ったが、矢張り特急は快適だ。
快適なだけあって、睡魔が襲って来る。
松阪までの未乗区間は耐えたが、そこを過ぎると義務から解放されたかの様に睡魔が襲う。
伊勢中川で、名古屋から来た特急と接続。
日も暮れてしまい、遂に睡魔に屈してしまう。
目が醒めたら、ちょっと桜井を通過していた。
大和八木で、難波行きの特急と接続。
かなりの乗客が下車する。
ビスタカーは、大阪線の高架から急勾配、急カーブの短絡線で橿原線へと入る。
京都には18時20分の到着。
「ビスタカー」は車内清掃の上、折り返しの橿原神宮前行きになっていた。
今日のお土産。
汁パレスに帰ると、Eins:Vierのミニアルバム「five sights」が届いてた

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