mixiユーザー(id:6785066)

2020年11月19日08:13

22 view

18960822  NO4260  最近朝鮮政府が決行した逮捕事件

18960822  NO4260  最近朝鮮政府が決行した逮捕事件
http://db.history.go.kr/item/level.do?sort=levelId&dir=ASC&start=1&limit=20&page=1&pre_page=1&setId=-1&prevPage=0&prevLimit=&itemId=jh&types=o&synonym=off&chinessChar=on&brokerPagingInfo=&levelId=jh_009_0030_0430&position=-1
009_0030_0430 駐韓日本公使館記録 9巻 三. 機密本省往 一•二 (43) 最近決行した逮捕事件
文書題目 (43) 最近決行した逮捕事件
文書番号 機密第六○号
発信日 明治二十九年八月二十二日 ( 1896年 08月 22日 )
発信者 公使 原 )(*原敬)
受信者 外務大臣 西園寺 (*西園寺公望 外務大臣)

(43) 最近決行した逮捕事件
機密第六○号
今回朝鮮政府が決行した逮捕事件については取り敢えず去る十五日付「機密信第五七号」で具報に及びましたが、その後なお真相を窺(うかが)い知りましたので大略昨二十一日に電報致して置きましたが、本件の首謀人および守旧派と見られる者の内で
李(*李載純=イジェスン)・宮内大臣、
申・学部大臣(*李完用ではないのか)、
李・警務使(*李允用=イユニョン・大院君の女婿)
の三人が、その反対派即ち日本派・朴泳孝派などを捕縛し、その余類として英米派に及ぼしこれを芟除(サンジョ *取り除くこと)して自分たちの政権を専横しようと企て、一方では国王へのすべての上奏を李(*李載純)・宮内大臣が独りで独奏をなすこととしてそれによって密謀の漏泄(ろうせつ)を防ぎ、一方には前校理・洪顕哲(ホンヒョンチョル)、侍従・尹履炳(ユンイビョン)、別入侍六品・李世鎮(イセジン)、宮内三書官・洪鍾宇(ホンジョンウ)、法部主事・李世植(イセジク)、逸植(イルジク)などを操縱して捏造の密疏(*密訴か)又は捕縛の準備をさせ、逮捕の上は各人に残酷な拷問を加え無実の自白を強い幾多の同類を作出し、これによって内外の反対人を陥れようと画策し、逮捕と同時に尹履炳を警務庁第一課長に、李世鎮を同庁該問掛監督に任じ、これによって決行を始めた次第で、このため内閣大臣と言っても彼等一団を除いては誰も関与する者はおらず、勿論予知するものもいなかった。
特に李・軍部、李・外部を初め(*「李・軍部」が分からない)、安駉寿(アンギョンス)、金嘉鎮(キムガジン)、権在衡(クオンジェヒョン)、李采淵(イチェヨン)なども自ら同類中の人だと信じてすこぶる恐怖を懐き、安駉寿以下はその翌日十五日に李・軍部の宅に逃げ込み、場合によっては李以下一同で我が国公使館の保護の下に入ろうと用意するまでに立ち至り、外国人と交際のあるものはみな怖気づいて恐慌を生じ、一時形跡を晦ますことになり、当時我が居留民の所にも逃げ込んだものが数十人の多きに及んだ。
そこでこの事件が起きると同時(十四日午前)、本使が外部大臣に向かい注意を与えたのをはじめ、ロシア国公使及びブラオン氏も彼らに忠告したとの説もあり、とにかく最初四十余名(あるいは六十余名とも言う)を逮捕する計画であったにも拘わらず僅かに劉世南(ユセナム)、金悳照(キムドクチョ)等十二名(あるいは十七八名とも言う)を引渡したまでで中止せざるを得ない事となりました。
またこれより前ブラオン氏は英人フテルブリンク氏(もと朝鮮海関雇)を警務顧問に雇用する予約が整っておりましたが、今回の事変に際し開化派が急に同人を雇い入れる必要を感じたものと見られ、四五日前いよいよ同氏を雇入れ、同時に徐載弼(ソジェピル)も同氏の補佐として警務事務に従事する事に成りました。
ついては警務人(*李允用)の計画もあれこれのためほぼ画餅に属した姿となり気焰も一時に衰え、昨今に至っては身を躱(かわ)していた人々もぼつぼつ帰宅を始めましたので大概遠からず落着いたすことを存じます。
以上は当国政府部内には毎度ありがちな軋轢・嫉妬に原因致いたしますことで本件も遠からず落着致しますでしょうが、なおまた再起することもないとは言い難く、とにかく今日に至るまでの成り行きを電報写を添えて報告に及びます。 敬具
明治二十九年八月二十二日
原 公使
外務大臣 西園寺 殿







0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する