(10月10日 本日の一言メッセージ)
「目の前の必要が神からの召命」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/21800 (写真入り記事)
目の前に必要とされることがあり、かつ、それを自分が行うことによって助かる人がいるとしたら、神からの召命と思って間違いありません。
資格がなければできないことまでも無理にすることはありませんが、例えば、バス乗車中にバスの運転手が気を失ってしまったとしたら、運転の仕方を知っているとしたら、ハンドルをキープしながら安全に停車させるくらいのことはあっても良いと思います。
目が不自由で困っている人がいた時、手を差し伸べてあげたいものです。
気分が悪くなって座り込んでいたり、倒れている人がいたら、「大丈夫ですか!?何かお手伝いできることはありますか?」と聞いてあげたいものです。
110番や119番に通報することだけでも大きな助けになります。
神から、素晴らしい偉大な使命が与えられているかも知れませんが、目の前にいる人が困っていたら、そこから目を逸らさないで向き合いたいものです。
私が伝道をするのは、死後に一緒に天国に入ることも含まれますが、目の前の困った人へ手を指し伸ばすことも含まれます。
私が本当に困っている時に助けてくれた人への恩は一生忘れません。
一人の講演者が、自分が一番苦しかった時にそばにいて助けて下さった人の話をしました。「私を助けても一銭の得にもならないはずなのに、本当にありがたかったです」と。
一人の人が質疑応答の時に手を上げて、「いいですね。私も今困っていますが、そんないい人に出会いたいです。どうしたら会えるでしょうか?」と話をしました。
次の人が手を上げました。「いいですね」までは一緒ですが、「私も、そのように困った人を助けられる人になりたいです」と話しました。
講演者は、「私はみなさんに、この二番目の人のような生き方を目指す人になってもらいたいと思って今日のお話をしました。貴重な発言をありがとうございました」と言い終わると、自然に拍手が沸き上がりました。
講演会が終わり、何日か経ってから、人を助ける機会が巡ってきました。
その時、最初の人でも、二番目の人でもなく、ただじっと話を聞いていた人が、命がけで人助けをしました。
人助けは、その払う犠牲が大きいほど簡単にはできませんし、足がすくみ、「どうしよう!?」と考えてしまうこともあります。
しかし、人を助ける機会に遭遇できたということは、神様があなたにその助けをしてほしいと願って、その機会を下さったと思います。
いつも神と共に生き、いつでも神からの召しに答えられる生き方ができるように備え、祈っていきたいですね。
【動画メッセージ】
「力の源泉」
https://youtu.be/b7UtWYx6wdU
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