『赤ちゃんはどうして可愛いのか』増補改訂版】
第３章
�β枷廚鬚弔�るきっかけになったレトロウイルス
エオマイア・スカンソリアが発見された同じ中国は遼寧省で、一億六０００万年前に生息した胎盤の有る有胎盤類の化石が発見され、二〇一一年に発表されました。「中国のジュラ紀の母」という意味のジュラマイア・シネンシスと名づけられました。体重は15グラムほどで、シマリスよりも軽かったのです。 木登りに適応した前肢を持ち、温暖なジュラ紀の森林を素早く走り回り、夜陰に紛れて昆虫を食べていました。「地上を闊歩する多くの恐竜やほかの哺乳類の手が届かない森林の林冠部へと移っていった。「いったん樹上に出てしまえば、地上の動物では手に入らない、まったく別の生態学的な可能性がすべて開けてくる」とピッツバーグにあるカーネギー自然史博物館の古生物学者、羅哲西（Luo Zhe-Xi）氏はいわれています。
では胎盤をもつことにどんな意味があるのでしょうか。そもそも、おおかたの人は胎盤のことを、出産後に不要になって捨てられるものくらいにしか思っていません。しかし、胎盤があればこそ、胎児は母とともに移動でき、母から胎児へ素早く効率的に栄養を送り続けられます。それによって脳の成長が速まり、出生時の脳は大きく成熟したものになり、代謝速度も上がります。これは、現在の哺乳動物に見られる複雑な行動や社会性を発達させるうえで大きな意味を持つといえるでしょう。
ジュラマイアはどうやって胎盤をもつに至ったのでしょうか。NHKテレビの2015年.6月8日の番組 「生命大躍進 第2集 こうして”母の愛が生まれた”」の中で、実に驚くべき仮説を提示していましたので、観たひともいるかもしれませんが、紹介します。
ジュラ紀の森の中で15gほどのトガリネズミに似た小動物が穴の中で集団生活をしていました。まさに３密の状態ですね。あるとき、レトロウイルスが蔓延し、感染した仲間が次々に死んでいきました。レトロウイルスは、標的とする宿主の細胞内に入ると、RNAと逆転写酵素という酵素を放出し、ウイルスRNAを鋳型としてDNAをつくり、そのウイルス由来のDNAを宿主細胞のDNAに組みこませます。この過程が、DNAを鋳型としてRNAをつくるという人間などの普通の細胞で起こるパターンとは逆行することから、逆向きを意味する「レトロ」と名づけられています。レトロ（retro）は、retrospective、回顧）の略語です。過去を逆行し回顧するウイルスてな意味合いなんですね。
感染した仲間が次々に死んでいく中で生き残った仲間の体内でレトロウイルスは生殖細胞に潜り込んで、宿主DNAの中に自分の相補的DNA（complementary DNA、略称cDNA ）をはさみ込みます。こうしてこのレトロウイルスがもつ遺伝子は、レトロトランスポゾンとしてこの小動物に代々受け継がれるようになります。
専門用語を連発し、恐縮ですが、トランスポゾン (transposon) は細胞内においてゲノム上の位置を転移 (transposition) することのできる塩基配列です。動く遺伝子とも呼ばれます。DNA断片が直接転移するDNA型と、転写と逆転写の過程を経るRNA型があります。トランスポゾンという語は狭義には前者のみを指し、後者がレトロトランスポゾン (retrotransposon)と呼ばれます。じつは レトロトランスポゾンはレトロウイルスの起源である可能性も示唆されています。
こうしてレトロウイルスは レトロトランスポゾンに変身するのですが、 レトロトランスポゾンそのものが飛び出しレトロウイルスになったのかもしれないのです。
外に飛び出さずに生殖細胞に潜り込み、はさみ込まれたレトロトランスポゾンが何世代も経つうちに、少しずつ変異をかさねてPeg10になります。またもや専門用語で恐縮ですが、Pegとはpaternally expressed gene（父親由来の遺伝子）のことです。有性生殖をする生物は、一つの遺伝子には父親由来のものと母親由来のものの一対があります。母親由来の遺伝子だけが働く場合を母親性発現遺伝子 (maternally expressed gene: Meg)と言います。この一対の遺伝子は通常は全く同等に働きますが、中には例外的に片方の遺伝子だけが働くことがあります。これをインプリンティング(刷り込み)と言います。インプリンティング(刷り込み)については、次の次の�┨爐農睫世靴泙后�
ジュラ紀の森の中でトガリネズミに似た小動物は卵胎生であったと想定されています。
卵胎生は卵を産む卵生と、親とほぼ同じ格好で産まれる胎生の中間形態です。どういうことか。親の体の中にいるときは、卵の栄養のみで胎児（胚）は成長する。親の体内で孵化し、小さくはあるが、親と同じ格好で出産されるのが、卵胎生なのです。この際、卵といっても硬い殻をもたず、両生類の卵のようなネバネバしたものだったのでしょう。
この卵胎生をするトガリネズミに似た小動物の卵のなかの胚にPeg10が働く時がやってきました。尿を溜める袋が発達して母親の身体の一部に密着したのです。そしてそこから酸素と栄養を受け取りはじめました。やがてこれが胎盤になったという次第です。
「胎盤をつくる遺伝子はPeg10です。お母さんの胎内で胎盤をつくるのに父親由来の遺伝子が必要とは何ということでしょう。こんなところに父親の存在意義があろうとは！！。」（ウイルス遺伝子が胎盤をつくる！
https://ameblo.jp/torii-hoken-kensa/entry-12367865157.html）
こうして今のところ、ジュラマイアがすべての有胎盤類の始祖となったのです。もしかすると、もっと前に有胎盤類の始祖がいた証拠の化石が見つかるかもしれません。
カンガルーなどの有袋類も「卵黄嚢胎盤」を持っています。しかし、これは胚を包んでいる膜の中の卵黄嚢の一部が母体の子宮壁とくっついてできた胎盤です。卵黄嚢はもともと卵の黄身の部分、すなわち栄養を蓄える袋です。栄養や酸素を受け取るのはいいにしても、老廃物の排出はやりにくい。捨てるべきものを捨ててこそ栄養や酸素を受け取ることがやりやすい。従って、物質交換の効率はあまりよくありません。そのため発生の初期で出産し、育児嚢で育てることになります。
一方、有胎盤類(真獣類)にも卵黄嚢がありますが、あくまでも胎盤を通して母体から栄養をもらえるようになるまでの栄養袋なのです。真獣類は、有袋類が「卵黄嚢胎盤」をもつのに対して、「漿尿膜胎盤」をもっています。
羊膜の上にあって胚全体を包む漿膜の一部に、排出物を入れる袋である尿嚢の膜が融合して胎児側の胎盤となり、母体の子宮壁(母性胎盤)に密着します。
この胎盤を通って胎児の老廃物は母体の静脈の血液中に捨てられます。母体から胎児へ送る酸素や栄養などは、母体の動脈の血液から胎盤を通って胎児の血液に入ります。
こうして老廃物の排出をやりながら栄養や酸素を受け取る物質交換が非常に効率よくできるのです。そのうえ、第�⊂廊Г乃�しましたが、胎盤は万能のスーパー臓器なのです。そこで真獣類の赤ちゃんは長期間、安心して子宮の中で育つことができるのです。
前の項�イ脳匆陲靴人颪鮖困狠厩ξ爐砲蓮�胎盤がありません。そのほか哺乳類として原始的なので、進化史の中で、非常に早い時期（おそらく中生代の前期、三畳紀）に他の全ての哺乳類のグループと分岐したと考えられます。そのため、このグループは、「原獣亜綱」として、亜綱のレベルで他の哺乳類（獣亜綱）と区別されています。獣亜綱は、中生代の中期、ジュラ紀に「後獣亜綱」すなわち有袋類と「真獣亜綱」すなわち有胎盤類に分岐していきます。原獣、後獣、そして真獣と覚えやすく、アタマが少しは整理されたでしょうか。
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