まったく、小生の妄想だが・・・
ここ1〜2年(くらいからかな)天気予報が妙だ(と感じる)。
「ネガティブ天気に過敏になっている」
結果として、
「悪天候の予報が、好天候にハズれる事が多い」
「ネガティブ天気」とは、
・多くの大衆がイヤだと思う(であろう)悪天候(雨や台風)
である。
要は、
・天気予報がネガティブになっている、
というか、
・ネガティブ予報をハズす事を恐れている
・多くの大衆がイヤだと思う悪天候
・その予報をハズす事で、大衆の批判が増す
・だから、悪天候をハズさぬ様に、ハズさぬ様に、という過敏で
・(合理的判断を逸脱して)悪天候の予報が増している
・よって「悪天候の予報が好天候にハズれる事が多い」
となる。
・雨だと期待してなかったが、予報に反して好天気だった、
・大衆は、得した気分、善い事が起こったと受け取る
・予報はハズれているのに・・・
別な見解もあろう。
・予報は変わらないが(頑張っているが)、
・地球環境が大きく変化し、的中できなくなっている
小生の気象学の見識は、
・そもそも論として、
・人間ごときの科学は、明日の天気も的中できないレベルで
・天気予報はギャンブルの域である
だから、地球温暖化を確定的に語る論はすべてエセだと理解する。
科学が、何億年の地球気候サイクルを理解できるというなら、
明日の天気ごとき100%に近い的中率であって当然である。
戻って
仮に
・「地球環境が変化し、的中できなくなっている」が実情だとしても、
・だからといって合理的判断を逸脱して予報を恣意的に変えるなら
・天気予報の存在意義は科学研究からギャンブル/バクチになる
・それは天気予報に関わる当事者にとって自殺行為である
気象は
潤沢な国家予算が注がれている。地震予知も同様である。
つまり「利権」だ。そして「地球温暖化」もしかりである。
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<本質は笑いごとではない>
小生は
前述のとおりの気象科学の理解で、明日の天気も100%に近い予報
ができない気象科学を、バクチと同列視しているので、天気予報が
ハズれる事について何ら不満もない。
が、
ハズれる事を恐れて恣意的に悪天候を増発しているなら、その態度に
ついては不愉快である。
冒頭に妄想と述べた。
「恣意的に悪天候を増発」など、何の裏付けもない虚言かも知れぬ。
が、
この妄想は、(表現は過剰かも知れんが)、恐らくビンゴ!である。
ちょっとした雨でも危険だ!と言われ、信じる大衆は備える、それは
災害対策の点では良だ。被害は小さい方に傾く。
そういう大衆であるなら、
支那や半島の武力恫喝についても、どうか、臆病過敏になって備えて
いただきたい。
また、
コロナに怯え、感染者数を気にするなら、そういう大衆であるなら
インフル感染者数や、正月に餅をつかえて窒息死する老人死者数を
恐れていただきたい。
リスクと備え、その態度を整合させていただきたい
小生は
支那/半島を軽視する事を怒っているのではない。
コロナに怯える事をいさめたいのではない。
アナタのリスクと備えと警戒心が支離滅裂である事
を危険視しているのである。
普通、
「リスクと備えと警戒心」が支離滅裂になる事など無い。あり得ない。
「人間が普通」であれば!ね。
頭上に、今、落下してくるミサイルを見ず、
足元にあるタバコの吸い殻に憤っている
そういう人間にもたらされるものは「死」でしかない。
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