長引くコロナの影響で、休日であってもどこかへ出かけることがなかなかできない近頃ですね。私も、割と出かけることが好きなのですが、今はそうもいかず、休日には庭いじりをしていることが多いです。心を静めて草をむしったり、様々な生き物たちが、その小さな生命を輝かせているのを見るのは、大変心地よく、おだやかな時間がゆっくりと流れていく快適なひと時です。
けれども、雨が降ったり暑すぎたりすると、そうもいかず、家にひきこもっていたりするわけですが、そんな時、私は「晴耕雨読」よろしく、昔読んだ小説を、奥から引っ張り出して、もう一度読むのが、ささやかな楽しみとなっています。
今、読み返していますのは「ファウスト」。作者の名前は、きっとみなさんご存知でありましょう。古今東西、詩を愛好する方が、いったいどのくらいいたのかわかりませんが、それらの人々の中で、頂点に立つ一人。そう言っても、おそらくどこからも反論はないでありましょう。それが、ドイツが誇る偉大な詩人であり、小説家であり、驚くべきことに一国の首相まで務めた万能の天才。それが、「ファウスト」の作者ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテです。
私が、ゲーテに感服するところは、単に物語が面白いだけではありません。その詩や小説を構成する、一文一文が、天地自然の営みから、または、人間の様々な行いの中から、ゲーテの「神業」と言ってよい「観察眼」で、珠玉の叡智を見出し、それを、一文に塗り込める。
わずか一行にも満たない言葉に、無限の味わいがあるため、私など恥ずかしながらなかなか先に進めません（笑）。
人間誰にでも、不遇な時というのは、きっとあると思います。不肖、私も当然、そういうことはあるわけですけれども、そういう時、弱気な自分を励まし、力を与えてくれたものの一つが、様々なゲーテの言葉でした。例えば
「悲しみの涙とともに
パンを食べた者でなければ
人生の本当の味はわからない」
「人生 理解できないことが多すぎる
生き続けていけ きっとわかってくるだろう」
今、こうしてパソコンをたたいているだけで、心の底から、ふつふつと生きる力が湧いてくる気がするから不思議なものです。きっと、本当の意味で、人間の、人生の真実を看破した者ならではの力が、言葉の中に込められているからでありましょう。
そんなゲーテですから、歴史上の偉人たちにも、彼の文学の愛好者はたくさんいました。
フランス革命の立役者、かのナポレオン・ボナパルトも、各地を転戦する革命戦争の最中でも、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」を決して手放さなかったといいます。ゲーテの言葉に塗り込められた光が、戦いにつぐ戦いの中で、すさみがちなナポレオンの心を癒したのでしょう。
ちなみにナポレオンとゲーテは同時代の人であったので、一度だけ対面の機会があったのだそうです。愛読書の著者と初めて会ったナポレオンは、「彼こそ人間だ！」と、そのゲーテの人間性に対する感動を隠そうとはしなかったそうです。
また、最近、ゲーテと並行して読んでいる太宰治も、様々な作品の至る所に「ファウスト」「メフィストフェレス」など、ゲーテ由来の言葉が散見され、いかに太宰がゲーテに心酔していたかが、ひしひしと伝わってきます。
私の近頃の読書のミソは、若いころ読んだ本を、もう一度読み返していることです。一度読んだ本は、もう読まないのが普通かもしれませんが、実は、同じ内容であっても、学生のころ読んだ感想と、世の中に出て、人生にもまれ、酸いも甘いも経験したうえで、もう一度、同じ物を読み直してみると、まるで味わいが違うのです。これは、私自身も驚いています。
先の太宰治もこう言っています。
「ゲーテの＜ヘルマンとドロテーア＞なんて、俺も若いうちは、つまらない恋愛小説と思っていた。いい老人が、なんでこんな甘い小説を書くのかと、非常に馬鹿馬鹿しかった。しかし、少し年をとってゲーテの偉大さが分かるようになった。達人と言うのはゲーテのような人を言うのかもしれない。」
どこへも出かけられない日も多い中、みなさんも昔読んだ本を読みなおしてみませんか？その味わい方から、自分も成長したんだなぁと、小さな喜びを感じることができるのではないでしょうか。
私の「晴耕雨読」もまんざらではないようです（笑）。
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