今年もまた、お盆の季節がやってきました。お盆といえば、ご先祖さまと生活をともにし、日ごろは中々顔を合わせる機会がない親戚や知り合いが集まり、御馳走を食べながら旧交をあたためたり、巷では盆踊りや花火大会、様々なお盆の行事が行われるなど、多くの人にとって楽しみな行事とされているのが、このお盆なのです。
ところが、今年のお盆はどうも勝手が違います。東京などでは、なるべく帰省してくれるなと言っているようですし、様々な観光地でも、閑古鳥が鳴いている。これに天候不順が加わって、世の中はお盆の季節とは思えないほどの沈んだ空気が漂っています。
私もご多聞にもれず、この休みはどこへも出かけませんが、今日はご先祖さまのお墓の草むしりをしてきました。いろいろできないことは残念ですが、静かなお盆だからこそ、いつもと違う過ごし方もできる。そもそも、お盆とはいったい何でしょう？そんなことを考えながら、私は草むしりの手を休め、お墓に微笑をあずけながら一息入れました。周りはにぎやかな蝉しぐれにつつまれています。
昔、インドで釈迦が教えを説いていたころ、目蓮（もくれん）という優秀な弟子がいました。目蓮は、釈迦の下で懸命に修行をしたので、あの世のことまで見通せる神通力を得ました。そんなある時、目連は地獄界の一つである餓鬼道（がきどう）を霊視しました。そこには何と、先だって亡くなった目連の母親がこの餓鬼道に落ち、食べることも、飲むこともできず苦しんでいる姿があったのです。
これは大変だ、と目連は身につけた神通力で、苦しむ母のもとへ、食べ物や水を送ったのですが、その世界の法則なのか、母親はそれも口にすることができず、ますます苦しみの淵に落ちていきます。
嘆いた目連は、釈迦のもとに走り、事情を話して何とか母を助けてほしいと懇願しました。話を聞いた釈迦は、うなずいてこう言いました。
「しばらく待っていなさい。7月15日になれば、他の僧侶たちが夏の修行を終えて戻ってくる。目蓮よ。お前は、ありったけのものを用意して、その僧たちの労をねぎらい、もてなすのだよ。そうすれば、その功徳によって、お母さんは地獄から救われるだろう」
目蓮は、釈迦の言いつけ通り、夏の修行から帰ってきた大勢の僧たちを、大いにもてなしました。そして、その功徳により目蓮の母は、餓鬼道から救われたのです。
これがお盆の起源です。様々なお寺でお盆の時期に合わせて「施餓鬼（せがき）供養」という、腹をすかせた餓鬼たちを供養するための法要を行うのも、この物語の由来ですし、そもそも、お盆という名前も、この物語が収録される「盂蘭盆会経（うらぼんえきょう）」という経典の名前からとったものです。
このお話の真偽は別としても、夏のこの時期に、これらの行事が行われるというのは、私たちが真実の世界に対して目を開くための縁（よすが）に、必ずなっていると私は思うのです。
以前、「餓鬼草子」という巻物を見たことがあります。およそ900年前に後白河上皇の命で創られたとされる一品で、国宝に指定されているため滅多に公開されません。その中には
食べたいものも食べられず、飲みたいものも飲めず、お腹だけがポコッと膨らんだ餓鬼の姿がたくさん描かれていました。その姿は、二目と見られたものではありません。彼らは、なぜ、そのような姿になってしまったのでしょうか？
餓鬼道に落ちた人たちは、みんなガリガリに飢えて苦しんでいますが、決してこの世界、食べ物がないわけではないのです。みなさんも、もしかしたら話に聞いたことがあるのではないでしょうか？テーブルの上には、たくさんのおいしそうなごちそうがならんでいます。地上で見たこともないような、おいしそうな食べ物ばかりです。ところが、そこの亡者たちに与えられる箸は、何メートルもあるような、とても長い箸で、とても自分の口元へ食べ物を持ってくることはできないのです。かと言って、手でつかもうとすると、一瞬にして「ぼっ」と食べ物は燃え尽きてしまうのです。
亡者たちは、永遠にこの御馳走を食べることができずに苦しんでいるわけですが、本当は、彼らが食べ物にありつくのはとても簡単なことなのです。長い箸で向いに座っている相手の皿の料理をとり、相手に食べさせればよいのです。そして、その逆をしてもらえば、自分も食べることができるのです。
ところが、自分が食べることしか頭にない亡者たちには、相手に食べさせるという発想がどうしても出てこないのです。
もう、お分りだと思います。「餓鬼道」というのは「人のことなどまったく考えず」に「自らの欲望のために、むさぼり続けてきた」人たちが落ちる地獄なのです。だから、この亡者たちがここから抜け出る方法はただ一つ、自分のこれまでの「むさぼり」の人生が誤りであったと、手を合わせて神仏に詫び、逆に「人のために汗をかく人生こそ真実の生き方」という自覚と決意を得るしか方法がないのです。
ですから先ほどのお盆の起源の物語の中でも、一見「僧侶をもてなす」ことが大事であると言っているように聞こえますが、実はそうではなく、目蓮が「母の幸せのために必死になっている姿」を見せ、真実の生き方とはこういうものであるということを、餓鬼道にいる母親に示すことが一番大切なことであったのです。
昔は、僧侶たちが町へ托鉢に行き、町の人から食べ物を分けてもらうということが、行われていたわけですが、釈尊は彼らに、いつも言っていました。
「町の人から食べ物をもらうとき、あなた方は毅然とした態度でいなければならない。なぜなら、あなた方は物乞いではないからだ。人に与えるという、人間にとって一番大事な心をお前たちは人々に教えているのだよ。」
お盆の時期に合わせたかのように、各地のお寺で「施餓鬼供養」が行われ、スイカが供物とされます。真夏に行われるということも、灼熱の日差しの中、一滴の水も飲めない餓鬼たちの思いを推し量るのには格好な季節でありましょう。そんな彼らに、スイカを捧げて、少しでも渇きを癒してほしいと願う。夏の川辺の花火大会も、本来は「施餓鬼」供養の一環なのだそうです。餓鬼たちが一日も早く天国へ帰れることを願い、自らも「餓鬼道」に落ちないよう気持ちを引き締める。
ご先祖さまと共に過ごすお盆。ほんとうにいろいろなことを考えることができる時期ですね。ご先祖さまのお墓にもう一度頭を下げて、私は草とりを再開しました。
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