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2020年07月08日10:18

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昭和39年の建物

自宅近くに昭和39年に建てられた
1階.2階がショッピングセンターのビルが
解体中です。
2階から5階分が県営住宅でした。

子供の頃、実家(市内)の近くのバス停に
送迎バスが来ていて親とよく買い物に
行ったものでした。
お店の中は八百屋、魚屋、肉屋、寿司屋、喫茶店…服屋
パン屋、宝石、時計屋、花屋…あ、オモチャ屋も。
2階はユニーになっていて。
今思うとあの時代には珍しく小さいけど
多くのお店が集まっていました。

市内、あちこちからバスで送迎してくれて
便利でした。
勿論、結婚してからもそのお店は我が家の
冷蔵庫。
徒歩、1〜2分で行けますので…
とても便利でした。子供達もお店の人達と仲良くして
いただきました。

そうそう、娘は毛糸屋さんのおじさんと
仲良くてビーズのキットを購入しては
教えてもらってました。
わたしも編み物教えてもらったなぁ〜

あぁ〜懐かしい。

消費税が8%になったとき閉店してしまい
それでも肉屋さんが惣菜や弁当を
細々と売っていて一人暮らしの高齢者の方たちが
利用してました。

子供の頃、このお店で買い物すると
ギフトボンドというシールが貰えて
それを集めてノートみたいな物に
貼って何冊か集めるとカタログの中の品物が
貰えました。
実家は体重計をもらってましたね〜
シールを貼るのは子供の仕事でした。

この、数週間であっと言う間に
壊されていきました。
跡地には14階建てのマンションになるとのことです。
雨が続いているのでホコリも出なくて
解体日和。

昭和39年は私たちが主に生活している
部屋がある家もその頃に建てられたそうです。
元々、借家の様な家が4軒ありその借家の
管理を住みながら舅、姑達がしていて
主人や義弟の成長に合わせてその借家を
壊して増築してきました。

舅さんが趣味の絵を描く部屋として
最後の一軒が数年前まで建ってました。

借家を壊しながら増築された家に
なっております〜
無駄に広い家。キッチンも二つあり
これは便利ですが…

昔の家は窓も掃き出しが多くて耐震対策は全く
してません。
日本家屋にこだわっている人達だったので
床の間付きの部屋が3つもある。
カーテン付けて布の収納場所にしたいです。(笑い)

古い建物が壊されていく中
古い我が家だけが残ってます。





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