mixiユーザー(id:5264707)

2020年07月02日09:30

73 view

●NM21とカレンちゃん

飛行機とフェリーをそれぞれ2回乗り継いで遠い南の島にやって来た。目的は小さな町工場の社長にインタビューするためだ。

先日、飲み屋で出会った若い男が僕に、「うちの親父がすごい金属を発明したんですよ。鉄よりも固くて強い、紙よりも軽いやつなんです。いろんなマスコミに取材してくれと言っているんですが、どこも相手にしてくれなくて…」と訴えてきた。
僕が勤める大阪の弱小新聞社は大手に対抗するために結構キワモノ記事で勝負している。まあ、眉唾もののネタを“さもありなん”という体裁で読者に提供する、いわば「大阪の東スポ」と揶揄されている新聞社だ。そんなメディアに泣きつくところをみるとよっぽど困っているのだろう。

その話を編集長に伝えると、「とにかく行ってこい。嘘に決まっているが、出来るだけ本物らしく書け」といつものように面倒くさそうに言った。
当然僕もそのつもりで、場合によっては「深堀りが必要なのであと1週間延泊します」とか理由をつければいいやと、出張カバンの奥に海水パンツとコンパクト釣り竿を忍ばせて旅立った。

白髪のY社長の喜びようは半端じゃなかった。どのメディアにも断られて半分諦めていただけにその気持ちは分かるが、こちらとしては半信半疑だ。
「とにかく百聞は一見にしかずです。モノを見せてください」。
通された小さな実験室の机には灰色の色紙みたいなものが置かれていた。
「これです。これが新しい金属です。どうぞ手に取ってみて下さい」
言われるままに僕はそれを手に取ったが、色紙だと思っていたものが全く垂れない。ピーンと張ったままだ。しかし、軽さはまさに紙そのもの。ほとんど重さを感じない。
「紙はもちろん、鉄でもアルミでもここまで薄くなるとどうしても少しは曲がってしまいます。でもこの金属は全く曲がらない」
「まさか、本物?」内心驚きながら別室に案内されてインタビューすることになった。

Y社長の話は文系頭の僕にはチンプンカンプンだったが、どうやら本物のようだということだけは分かり、急いで大阪に戻った。
編集長と相談すると、「まさか?でもこれが本当だとするとえらいことや。とにかく社長に相談しよう」と2人で社長室をノックした。
話を黙って聞いていた社長は、しばらく無言でいたが、最後に「よし分かった。この話は記事化するな。その代り、これに我が社の命運を賭けるぞ。どうせいつ潰れるか分からんかったんや。全財産をこの発明に賭ける。いいな、他言は無用だ!」といつになく真剣な面持ちで言った。

そして、数か月。当社が共同出資した形で開発されたNM21(21世紀のNew Metal)と名付けられた新金属の発表会が当社主催で大阪の老舗ホテルで開催され、マスコミはもちろん政財界からも多数が駆けつけた。まあ、ほとんどはそんな発明になど興味はなく、タダで飲み食いできるのと会場を彩りに来てくれたキタ新地の馴染みのホステスとの再会が目当てなのだが。

NM21に対しての開発苦労話をY社長は生まれて初めて着たスーツ姿で額に汗をかきながら緊張気味に話した。ほとんどその内容を理解できないにも関わらず集まった政財界人は大きな拍手で応えた。
続いて、僕がNM21の今後の販売戦略について語りだすと参加者たちが身を乗り出して来た。財界人とか気取っていても所詮は商売人、カネの成る木には目がない。

話を終えて自分の席に戻ると一人の男が声を掛けて来た。「ちょっといいかい。あんたの話に興味があるんだ」
振り返ると麻生副総理だった。
「えっ、副総理自らがまたどうして?」
「今度ゆっくり話をしよう。近いうちに上京してくれ!」と携帯番号だけを手書きした名刺を渡して去って行った。

ホテルで一番大きい広間を囲むように設えられた屋台には多くの招待客が行列をなしていた。寿司、てんぷら、ステーキ、焼き鳥…。ただ、一番端っこのミックスジュースと書かれた看板の屋台には誰も客がいなかった。何も食べる気がしなかった僕はその屋台に近づいた。
「いらっしゃいませ!」とほほ笑んだ若い女性に見覚えがあった。
「1杯ください。しかし君、タレントの滝沢カレンにそっくやね」と言うと、「私、本物ですよ」と笑顔が弾けた。
「嘘でしょ。どうしてカレンちゃんがこんな所に…」
「それは今は言えないの。後でね…」と思わせぶりなウインクで返して来た。

いろんな人と挨拶しているうちに発表会の2時間があっという間に過ぎ去った。マスコミ連中は冒頭あいさつのカメラを押さえるとすぐに退散し、招待された政財界人たちは新地の綺麗どころと連れ立ってほろ酔い加減で会場を後にした。屋台にも職人の姿はなく、気になっていたカレンちゃんももう居なかった。

拍子抜けした僕はホテルを出て一人で夜の街を目指した。すると、後ろから「待って〜」と若い女性が追いかけて来た。
振り返ると、そこに居たのは屋台の売り子姿とは別人のオシャレなワンピース姿のまさにプロのモデルだった。
「やっぱ本当にカレンちゃんだ。でも、どうして?訳が分からん…」
「そんなこといいじゃん!それよりもどこか飲みに連れてってよ」と上目遣いに言われるや否や手を絡むようにつながれると、もう僕は完全に夢見心地だったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、彼女がNM21の技術を盗みに来たロシアのスパイだった!と知るのは、何故か目覚めてからだった🤣


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する