田中正造の「直訴状」と、西光万吉「水平社宣言」と、高橋和巳の「八誓願」について
（再掲）
もう「田中正造・西光万吉・高橋和巳」の名を知る人は少ないだろう。いや、増えてあるのだろうか。
・「田中正造」
『 真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし 』
この言葉なら、思い出す人もいるかもしれない。私もこの言葉に魅かれた一人。
彼は「足尾銅山」による鉱毒被害に苦しむ人々の内側にあり、そして先頭に立ち「国会」でその非を訴えた。
しかし、時は明治時代、日露戦争の真っ只中。
「 富国強兵路線 」に、彼の主張は蹂躙される。よって彼は明治天皇に直訴することを思いつく。文案は幸徳秋水のもの。
司馬遼太郎氏の「坂本竜馬・坂の上の雲」などで、この時代に興味を持った。
近く「八重の桜」なども興味深々でＮＨＫテレビを見ている。
私には「明治維新は革命か……？！」の、疑問もあった。
山田太一氏の「獅子の時代」なども、ＮＨＫを見ていて「秩父困民党事件」のあるのを知る。
しかし、中学の授業で「足尾銅山鉱毒事件」のことは、教えられていたはず……。(そんなの、覚えちゃいないよ…笑！)
近く「Ｅテレ」などでも、彼の生涯を取り上げていたので、興味深くそれを見ていた。
ただ、今の私の見解は、「王政復古と国家・社会進化の同時的現象面」・「過度期」と、捉えている。
ただし「坂の上の雲」は、武勇談なのだから、それはそれで良いのだけれど、「光と影」を映すなら、影の部分も描いてほしかったというのが読者の心境として、あって良いと思う。
「西洋列強」の外圧に対抗するため、「日本の近代化」を「武士階級」が推し進めた。
よって「草莽の民」は「引き廻し」に近い形で、国家への生贄とされた。
「足尾銅山鉱毒事件」は、この富国強兵策動の中で起きた。
「渡良瀬川沿いの人々・家畜・自然環境」などなどが、鉱山開発で犠牲となった。
『 彼の作った狂歌・抜粋 』
「 大雨に うたれたゝかれ 重荷挽く うしのあゆみの あとかたもなし 」
「 少しだも 人のいのちに 害ありて 少しくらいハ よいと云ふなよ 」
「 まことある 人ハ神なり 仏なり むすべバ同じ 露の玉かな 」
「余命、幾ばくもない……」彼は、民衆の窮状を「明治天皇」に直訴する。
『 天皇への、直訴状 』
「足尾鉱毒事件の直訴状全文」
謹 奏
田 中 正 造 （印）
草莽(そうもう)ノ微臣(びしん)田中正造、誠恐(せいきょう)誠惶(せいこう)頓首(とんしゅ)頓首(とんしゅ)、謹(つつしみ)テ奏ス。
伏(ふし)テ惟(おもんみ)ルニ、臣田間ノ匹夫(ひっぷ)敢(あえ)テ規(のり)ヲ踰(こ)エ、法ヲ犯シテ 鳳駕(ほうが)ニ近前スル其(その)罪実(まこと)ニ万死ニ当(あた)レリ。
而(しか)モ甘(あまん)ジテ之(これ)ヲ為なス所以(ゆえん)ノモノハ洵(まこと)ニ国家生民(の)為(ため)ニ図リテ一片ノ耿耿(こうこう)竟(つい)ニ忍ブ能(あた)ハザルモノ有レバナリ。
伏テ望ムラクハ、陛下深仁深慈、臣ガ至愚ヲ憐レミテ少シク乙夜(いつや)ノ覧(らん)ヲ垂レ給(たま)ハンコトヲ。
伏(ふし)テ惟(おもんみ)ルニ、東京ノ北四十里(よんじゅうり)ニシテ足尾銅山アリ。
近年鉱業上ノ器械(きかい)洋式ノ発達スルニ従ヒテ其(その)流毒益々(ますます)多ク其採鉱製銅ノ際ニ生ズル所ノ毒水ト毒屑ト之レヲ澗谷(かんこく)ヲ埋メ渓流ニ注(そそ)ギ、渡良瀬河ニ奔下(ほんげ)シテ沿岸其害ヲ被(こうむ)ラザルナシ。
加フルニ比年山林ヲ濫伐(らんばつ)シ煙毒(えんどく)水源ヲ赤土ト為セルガ故ニ、河身(かわそのからだ)激変シテ洪水又水量ノ高マルコト数尺、毒流四方(どくりゅうよも)ニ氾濫(はんらん)シ、毒渣(どくさ)ノ浸潤スルノ処(ところ)茨城・栃木・群馬・埼玉四県及其下流ノ地数万町歩ニ達シ、魚族処(ところ)斃死(へいし)シ、田園荒廃シ、数十万ノ人民ノ中(う)チ産ヲ失ヒルアリ、営養ヲ失ヒルアリ、或(あるい)ハ業ニ離レ飢テ食ナク病テ薬ナキアリ。
老幼ハ溝壑(こうがく)ニ転ジ、壮者ハ去(さり)テ他国ニ流離(りりゅう)セリ。
如此(かくのごとく)ニシテ二十年前ノ肥田沃土(ひでんよくどく)ハ今ヤ化シテ黄茅(こうぼう)白葦(はくい)満目惨憺(さんたん)ノ荒野ト為(な)レルアリ。
臣夙(つと)ニ鉱毒ノ禍害(かがい)ノ滔滔(とうとう)底止スル所ナキト民人ノ痛苦其極ニ達セルトヲ見テ、憂悶(ゆうもん)手足ヲ措(お)クニ処ナシ。
嚮(さき)ニ選レテ衆議院議員ト為ルヤ、第二期議会ノ時初メテ状ヲ具シテ政府ニ質(ただ)ス所アリ。
爾後(しかるのち)議会ニ於(おい)テ大声疾呼(しっこ) 其(その)拯救(じょうきゅう)ノ策ヲ求ムル茲(ここ)ニ十年、而(しか)モ政府ノ当局ハ常ニ言ヲ左右ニ托(たく)シテ之ガ適当ノ措置ヲ施スコトナシ。
而(しか)シテ地方牧民ノ職ニ在ルモノ亦(また)恬(てん)トシテ省(かえり)ミルナシ。
甚(はなはだ)シキハ即(すなわ)チ人民ノ窮苦(きゅうく)ニ堪(た)ヘズシテ群起(ぐんき)シテ其保護ヲ請願スルヤ、有司(ゆうし)ハ警吏(けいり)ヲ派シテ之ヲ圧抑(あつよく)シ誣(しい)テ兇徒(きょうと)ト称シテ獄ニ投ズルニ至ル。
而(しか)シテ其極(そのきょく)ヤ既(すで)ニ国庫ノ歳入数十万円ヲ減ジ又将(まさ)ニ幾億千万円ニ達セントス。
現ニ人民公民ノ権ヲ失フモノ算ナクシテ、町村ノ自治全ク頽廃(たいはい)セラレ、貧苦疾病及ビ毒ニ中(あたリ)テ死スルモノ亦(また)年々多キヲ加フ。
伏(ふし)テ惟(おもんみ)ミルニ、陛下不世出ノ資ヲ以(もっ)テ列聖ノ余烈ヲ紹(つギ)、徳(とく)四海ニ溢(あふ)レ、威い八紘(はっこう)ニ展(の)ブ。
億兆昇平ヲ謳歌(おうか)セザルナシ。
而(しか)モ輦轂(れんこく)ノ下(もと)ヲ距(へだた)ル甚(はなは)ダ遠カラズシテ、数十万無告(ぶこく)ノ窮民(きゅうみん)空(むな)シク雨露ノ恩ヲ希(こいねが)フテ昊天(こうてん)ニ号泣スルヲ見ル。
嗚呼(ああ)是(こ)レ聖代ノ汚点ニ非(あら)ズト謂(い)ハンヤ。
而(しか)シテ其(その)責ヤ実ニ政府当局ノ怠慢曠職(たいまんこうしょく)ニシテ、上ハ陛下ノ聡明ヲ壅蔽(ようへい)シ奉リ、下ハ国家民生ヲ以テ念(おもい)ト為(な)サザルニ在ラズンバアラズ。
嗚呼(ああ)四県ノ地亦(また)陛下ノ一家ニアラズヤ。
四県の民亦(また)陛下ノ赤子ニアラズヤ。
政府当局ガ陛下ノ地ト人トヲ把(も)テ如此(かくのごと)キノ悲境ニ陥(おちい)ラシメテ省(かえり)ミルナキモノ、是レ臣ノ黙止(もくし)スルコト能(あた)ハザル所ナリ。
伏(ふし)テ惟(おもんみ)ルニ、政府当局ヲシテ能(よ)ク其責ヲ竭(つく)サシメ、以(もっ)テ陛下ノ赤子ヲシテ日月(じつげつ)ノ恩ニ光被セシムルノ途(みち)他ナシ。
渡良瀬河ノ水源ヲ清ムル其一ナリ。
河身ヲ修築シテ其(その)天然ノ旧ニ復スル其(その)二ナリ。
激甚ノ毒土ヲ除去スル其(その)三ナリ。
沿岸無量ノ天産ヲ復活スル其(その)四ナリ。
多数町村ノ頽廃セルモノヲ恢復かいふくスル其(その)五ナリ。
加毒ノ鉱業ヲ止メ毒水毒屑ノ流出ヲ根絶スル其(その)六ナリ。
如此(かくのごとく)ニシテ数十万生霊ノ死(しの)命ヲ救ヒ、居住相続ノ基(もと)ヘヲ回復シ、其人口ノ減耗(げんこう)ヲ防遏(ぼうあつ)シ、且(か)ツ我日本帝国憲法及ビ法律ヲ正当ニ実行シテ各其(その)権利ヲ保持セシメ、更ニ将来国家ノ基礎タル無量ノ勢力及ビ富財ノ損失ヲ断絶スルヲ得ベケンナリ。
若(も)シ然(しか)ラズシテ長ク毒水ノ横流ニ任セバ、臣ハ恐ル、其(その)禍ノ及ブ所将(ま)サニ測(はか)ル可(べか)ラザルモノアランコトヲ。
臣年六十一、而(しか)シテ老病日ニ迫ル。念(おも)フニ余命 幾(いくばく)クモナシ。
唯(ただ)万一ノ報(しらせ)効(ききめ)ヲ期シテ、敢(あえ)テ一身ヲ以(もっ)テ利害ヲ計ラズ。
故ニ斧鉞(ふえつ)ノ誅(ちゅう)ヲ冒(おか)シテ以テ聞(ぶん)ス、情切ニ事急ニシテ涕泣(ていきゅう)言フ所ヲ知ラズ。
伏(ふくし)テ望ムラクハ、聖明矜察(きょうさつ)ヲ垂(た)レ給ハンコトヲ。
臣痛絶呼号ノ至リニ任(た)フルナシ。
明治三十四年十二月
草莽ノ微臣田中正造誠恐誠惶頓首頓首 （印）
彼は「人々と共に…」あった人である。
大正年間、「自由民権の思想」は幾多の団体を生み出してゆく。そして「歴史・社会問題」を私なりに見てゆく内に魅かれたのが、この人である。
・「西光万吉(清原一隆)・水平社宣言」
宣言
全國に散在する吾が特殊部落民よ團結せよ
長い間、虐(いじ)められて来た兄弟よ、
過去半世紀間に、種々なる方法と、多くの人々によってなされた吾らの爲めの運動が、何等の有難い效果を齎(もた)らさなかつた事實は、
夫(それ)等(ら)のすべてが吾々(われわれ)によつて、又(また)他の人々によつて每(つね)に人間を冒瀆(ぼうとく)されてゐた罰であつたのだ。
そしてこれ等の人間を勦(いたは)るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、
此際、吾(われ)等(ら)の中(うち)より人間を尊敬する事によつて自ら解放せんとする者の集團運動を起せるは、寧(むし)ろ必然である。
兄弟よ、
吾々(われわれ)の祖先は自由、平等》の渇仰者(かつごうしゃ)であり、實行者(じっこうしゃ)であった。
陋劣(ろうれつ)なる階級政策の犧牲者であり、男らしき産業的殉�骸�(…じゅんきょうしゃ)であったのだ。
ケモノの皮を剥(は)ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臟を裂く代價として、暖い人間の心臟を引裂かれ、
そこへ下(くだ)らない嘲笑(嘲笑)の唾(つば)まで吐(は)きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあつた。
そうだ、そして吾々は、この血を享(う)けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。
犧牲者がその烙印を投げ返す時が來たのだ。
殉�骸圓�、その荊冠を祝福される時が來たのだ。
吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ。
吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦(きょうだ)なる行爲によって、祖先を辱(はずか)しめ、人間を冒瀆してはならぬ。
そうして人の世の冷たさが、何(ど)んなに冷たいか、人間を勦(いたわ)る事が何んであるかをよく知ってゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求(ごんぐ)禮讃(らいさん)するものである。
水平社は、かくして生れた。
人の世に熱あれ、人間に光あれ
大正十一年三月三日
全國水平社創立大會
彼も「人々と共に…」あった人である。
彼は、戦中に、幾しくも「獄中転向」した。そのことで非難をも受けた。しかし「大政翼賛会」などを生み出す政治的奔流は、が、誰にも抗いようがなかった時代のこと。
浄土真宗の寺に生まれた彼には、「宗教は、救い…」で、あったはずだ。
彼が獄中転向したのは「救い無き世」の人々と、共に在ろうとしたからだ。
「戦後作家」の一人として、この二人の精神世界は「高橋和巳・邪宗門」に引き継がれたように、私などは見ている。
「邪宗門」この作品の中には「戦中・戦後」の新興宗教の抱える精神的課題が浮き彫りにされている。
「オーム真理教」などのおぞましい事件の数々にも、何か通じているものがある。
それは「人間存在・原罪」に、まつわる「深い根」なのだと思う。
『八誓願』
・たとえ蓮の花ひらき、無量光かがやく天国の眼前にあろうとも、此岸に一人の不幸に涙する者あり、一人の餓鬼畜生道の徒あるかぎり、我らは昇天せじ
・たとえ黄金珊瑚あり、真珠瑪瑙の輝きあるとも、此岸に一人の盲者あり一人の貧者ありて、その光を眺めえぬかぎり、我らもその宝を見じ
・たとえ目くりぬかれ耳ふさがれ、手足をもぎとらるとも、此岸に一人の不義の徒あり、人を支配し、徭役し、その手の血に穢るる者のあるかぎり、我らこの世を寛恕せず
・たとえ劫億の未来世においても、そこに一瞬のそねみの心あり、人の禍をたのしむ一点の邪心の残るかぎり、我ら安心立命することなからん
・たとえこの世に安楽の花の満つるとも、祖霊に供養されざる一人の無縁の霊あり、精霊に慈悲かけられざる一個の怨霊のあるかぎり、我ら成仏せじ
・たとえ身は業病にくちはつるとも、たとえ金の溶け、陽の東に没し、川の逆流するとも、我らの信心に一点の動揺あらば、神よ、我らを救いたもうことなかれ
・たとえこの世栄え、積善余慶あり、万人の生活の自在なるをうるも、応報の理に一点の障礙あるかぎり、むしろこの世は呪われてあれ
・たとえこの世の破滅し、この世の永遠に呪われてあるとも、己れ一人にて救わるる心あらんよりは、むしろ世とともに呪われてあらん
この「邪宗門」の精神世界の高貴さに、若い私は胸を打たれた。
彼の作品の多くに目を通した。
そこより新たに見えてくる世界もあったからだ。
それは「暗い…」
★「なんで、この三人が、並列表記なんだ…」
彼らは「人々と共に…」在ろうとしたからだ。
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