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2020年06月06日23:57

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FISH TANKer’s and LOVE & MEDIA PORTABLE ONLY LIVE Zepp Osaka Baysideだった日 そして修学院と岩倉、豆腐天王山

本日6月6日は、BUCK-TICKのファンクラブオンリーのライヴツアー「FISH TANKer’s and LOVE & MEDIA PORTABLE ONLY LIVE」のZepp Osaka Bayside公演だった日。
ご存知の通り、コロナの影響により公演延期になって仕舞った。
https://fc.buck-tick.com/news/detail/10788
とは云え、何時になるかまだ案内は無い。
それどころか、ニューアルバムのレコーディングも止まってしまっている。
予定では、秋からニューアルバムを引っ提げ、全国ホールツアーも予定されていた。
ファイナルは勿論12月29日、日本武道館。
それもどうなる事やら。

今日は、何か話の流れから山崎と京都の豆腐対決となった。
なので、朝から上京区東魚屋町の「入山豆腐店」へ豆腐を買いに行って来た。
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文政12年(1829年)創業、今でも炭を使って「おくどさん」で大豆を炊いていると云う店。

一旦汁パレスに帰宅し、11時半頃にツーリングの旅に。
西洞院通を上がり、今出川通を東に。
出町柳から下鴨本通、御蔭通を東に。
白川通を越えて突き当たりまで行くと、乗願院に当たる。
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そのまま、下鴨大津線に入ると、山中越えで大津に至る。
しかし、既に12時を廻っている。
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天気も微妙だったから、山中越えはまたにする。
山の際を走りながら一乗寺を抜ける。
昨年訪れた、一乗寺下リ松を通過した。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972141841&owner_id=5677348
そして、修学院離宮までやって来た。
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修学院離宮は、17世紀中頃に後水尾上皇の指示で造営された離宮で、王朝文化の美意識の到達点とも云われている。
一度は行ってみたかったし、当日受付もやっていたのだが。
ロードバイクを止める何処も無かったし、一眼も持って来なかったので。
それに三日前までならネット予約も出来ると云う。
昔に比べて随分とハードルが下がっていた。

修学院の住宅地を通り上高野の住宅地を抜けて、叡電の線路まで来た。
アングルを決めたら比叡山をバックに良い感じの写真が撮れそうな気がした。
しかし、そんな余裕も無く「ひえい」が通過して行った。
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今日は別に撮り鉄に来た訳では無いから、三宅八幡駅方面へ移動する。
その途中、下鴨神社の神饌田(しんせんでん)があった。
その向こうに叡電の線路が見える。
あと6分程で八瀬比叡山口駅発の列車が通過する。
なので、撮り鉄してみたが。
なかなかイメージ通りには行かないものだ。
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三宅八幡駅を抜けて三宅八幡の脇を通り岩倉へ入る。
白川通や深泥池経由以外で岩倉まで来たのは初めて。
それも、一番東の山沿いを北へと走る。
長谷八幡宮や長谷城跡の脇を走り、岩倉の北東の果てまで来た。
その、隣は山道だと云う際の際に、「ブルージュ洛北」なるパン屋があった。
http://www.brugge-rakuhoku.com/
有名な店らしく、何台か車が止まっていた。
パンの他にもシュークリームやチーズケーキも有名らしい。
一度、買いに来たいものだ。
勿論、ロードバイクでは無く、地下鉄とバスで。

更に岩倉の北へと向かう事にし、岩倉ゴルフクラブの前を抜けて住宅地を進む。
住宅地が途切れると、山道に入る。
それもかなりの急坂、200‰はあるだろうか。
峠と云う程でも無いが、越えたら急な下り坂。
坂を降りきったら、まさに別世界だった。
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山に囲まれた田園。
まるで昔の「隠し田」の様な錯覚を覚えた。
この辺りは岩倉川の上流になる。
ここから先は、ロードバイクで走れる様な道では無い。
マウンテンバイクの様な自転車が必要だ。
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その岩倉川に、再利用されたような防火用水があった。
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横には「御池ホテル」と読める。
一体、いつ頃のものなのだろうか。

帰りは岩倉川に沿って岩倉の市街に入る。
此方は急な峠道は無い。
住宅地や団地を抜けて岩倉実相院門跡へと到着した。
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実相院は鎌倉時代の寛喜元年(1229年)、静基僧正により開基された。
幕末には岩倉具視も一時ここに住んでいたと云う。
実相院の前には、京都バスの待機所があり、バスが停車していた。
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「ちりりん娘」の痛バスである。
https://chiriringirls.wixsite.com/chiriringirls
よく、京産大へ向かう便に使用されている。
仕掛人は京都工芸繊維大学らしい。
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知らない人が「京都工芸繊維大学」と聞くと、名も無きFラン大学だと勘違いするだろうが、旧制の京都工業専門学校・京都繊維専門学校を母体とした国立大学。
実相院のすぐ近くには、岩倉具視幽棲旧宅が残されている。
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文久2年(1862年)、38歳で蟄居処分の上、辞官落飾し慶応3年(1867年)までの5年間、幽居していた所である。

岩倉を出て木野街道、鞍馬街道を経て京産大を越えて柊野別れへ。
賀茂川の高橋で折り返し、再び柊野別れから鞍馬街道へ。
そして馬頭観音峠を越えて深泥池、上賀茂へ出る。
上賀茂神社から御薗橋を渡り御薗商店街を突き当たりまで。
北山通、千本通を経て北大路通から西大路通を経て金閣寺前まで。
そこから鞍馬口通、紫明通を経て烏丸通、北大路通。
白川通を南に下り、今出川通へと入る。
いつの間にか、木屋町三時間にあるラーメン屋「みよし」の支店が出来ていた。
http://osumituki.com/hack/kyotokanko/kyoto-ramen/133668.html

出町柳から「たまこまーけっと」商店街を抜け寺町通を上がる。
阿弥陀寺の向かいにある大黒屋鎌餅本舗へ。
実は、世を忍ぶ仮の浪人生だった時分に、この辺りにある予備校に通っていた事があった。
その時、何度か買った記憶があったのだが、30年も昔の事で忘れていた。
それが先日、すんぱくさんの日記を読んで俄に思い出した次第。
久し振りに食べてみたいと思い、寄ってみたのである。
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懐かしいので、上御霊神社を抜けて、鞍馬口へ出てみた。
既に予備校は跡形も無い。
烏丸通を下り、三条通から西洞院通に入り帰宅。
〆て70キロメートルの旅だった。

シャワーを浴びて18時17分の準急で大山崎へ。
京都の「入山豆腐店」と大山崎の「鳴門屋」の湯豆腐&冷奴対決。
なかなか甲乙つけがたいが、絹ごしは鳴門屋。
木綿は入山豆腐店に軍配が上がった。
また是非、湯豆腐大会をやらねばならない。
豆乳も売っているから、引き上げ湯葉もやってみたい。
食後には、鎌餅を頂いた。
30年近く振りに食べたが、矢張り美味である。
場所が中途半端で行き辛いのだが、ロードバイクがあればそんなに遠くも無いのだから、またちょくちょくと買いに行きたい。





福島みずほに云われては浮かばれませんわ。
かつて拉致被害者家族に対して「嘘つき、差別主義者」呼ばわりし、北朝鮮による拉致など無いと断言して来た政党の党首が何を云うのかexclamation ×2
よくもまあ、こんな事がほざけたものだ。
何が拉致問題解決だ。
貴様らは加害者側の立場では無いかexclamation ×2
https://twitter.com/mizuhofukushima/status/1268880427319623682?s=19
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