■ズバリ質問 !「ギター」弾けますか?「YES」と答えた人は何%?
(TOKYO FM + - 05月10日 20:10)
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団塊の世代のわたしにとって不思議でならないことは、
大学時代、あれほど猫も杓子もギターを担いで歌っていた同年代が、
いったいどこへ消えてしまったのか、という疑問です。
例え青春の一時期であったとしても、
あの頃のわたしたちは希望に満ち、血を滾らせ、怒りをぶつけ、
全身でフォークソングにのめり込んでいました。
わたしたちは、歌の持つ強い力を信じていましたし、今もそうです。
大袈裟でもなく、気を衒っているわけでもなく、
わたしたちは、歌の力で世の中を変えることができると思っていました。
しかし、たぶん多くの同時代人にとって、
フォークソングは一時のファッションに過ぎなかったのかも知れません。
1969年を境に、フォークソングが大きく変質してしまったのも原因でしょう。
一部のアホな過激派が、フォークソングに政治を持ち込み、
それをきっかけに、高石ともやや岡林信康が、呆れ果てて第一線から消えてゆき、
そのエアポケットに、本来のフォークとは縁もゆかりもない連中が入り込んだのです。
吉田拓郎であり、井上陽水であり、狩人であり、チェリッシュ、
あるいは南こうせつ、伊勢正三などでした。
当然、わたしは怒り、彼らを軽蔑しました。
彼らの歌は、ただのポップスであり、フォークではなかったからです。
本来、生活の中から生まれ、人生を勇気づける連帯の歌であったフォークソングは、
こうして見る影もなく忘れ去られてゆきました。
世の中は吉田以降、とにかくギターを担いで歌う手合いを、
軽薄にも「フォークシンガー」と呼ぶようになってしまったからです。
つまり日本人は、歌の心を学ぶよりも、カッコよく見せたい気持ちばかりが強く、
歌の持つ本当の意味をついに掴むことはできなかったのでしょうな。
結局日本には、ボブ・ディランも、ピート・シーガーも現れませんでした。
そんな逆風の中でなお、ギターに全身を預け、中年になっても初老になっても
ギターを愛し続け、今でも作曲活動を続けるわたしのようなジジイは、
おそらく極めて稀な存在なのでしょうね。
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