いつだって思い出す
今は遠く甘く切ない香りたつ大切な思い出
海を初めて見せてくれた まだまだ小さく幼かった日
教科書に名前を慎重に書いていく達筆な字
上履きにも力強い父の文字
決まってネクタイを締め 一足早くクラスを覗き込む父親参観日
絵の楽しさを 優しい手ほどきで導いてくれた夏休み
一番早く走ってくれた秋の運動会
自転車の後ろに乗せてくれた
思春期真っ只中な春浅い風の吹く日
どの季節にも 空は暖かく微笑んでくれていた
あの瞬間、
それはひそかに絶望という音を引き連れ
忍び足で近づいてきた
未だ深いところまで突き刺さった剣はなかなか抜けず
柔らかで温かな感情は 静かに じわじわと死んでいった
直にひとたまりもなく、粉々に砕け散ってしまった
その瞬間 カシャッと
シャッター音のような音を聞いた
カシャッ 鈍く 瞼の近くで 間違いなく 聞こえた
ゆっくり ゆっくり 瞳を閉じるときのような
まるでカメラのシャッター音が鳴るときのように
窒息してしまうような 悲しい知らせは終わらない
なぜ 今でなければならないの どうして連れていってしまうの
いつだって守ってくれた大きな存在を
今のわたしでは
生きていく術さえも見当もつかない 戦う力ももう持ってはいない
何度も嘆き考えたけれど 変わらぬ神の定めた運命
夜明けの足音が聞こえた日 あの世へと召されていった
死んでも会いたいと何度もお願いした
幼子のように泣き崩れ、声を上げ初めて泣いたあの日
涙はとめどなく 枯れることを忘れ
頬を雨が降る日のように濡らした
優しく大きな愛を持った父は
もうわたしを慰めることはできないはずだった
失くしたモノクロームな心と一緒に どこへとも彷徨う記憶とともに
父が持ち去っていったのだと思った
わたしの心も涙も一緒に 埋葬されてしまった
その夜 星くずたちは慰めるようにきらきらと美しく瞬いた
深い眠りから目覚め 生まれ変わった新しいわたしはここに立つ
カメラをかまえ カシャッ カシャッとシャッターを切る
失くしたはずの 生きていくための 愛と心を ひとつ またひとつと
ていねいに 心を込めて ひろい集める音に変わってゆく
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