18きっぷが一枚余っていたから、5日に消化旅行をする予定だった。
しかし、急遽仕事になって仕舞い、消化旅行には行けなかった。
翌6日からは、普通に仕事。
ならば振休を取って消化旅行と思ったが。6日から風邪を引いて体調は最悪。
7日は休んだが、とても18きっぷで乗り鉄出来るような体調ではなかった。
8日は打ち合わせもあり出勤。
9日は体調が悪化し、休みを取った。
勿論、乗り鉄など不可能。
9日は一日中、ベッドの住人だった。
そして本日。
ようやく体調もマシになり、18きっぷの期限も今日が最後。
ならば、多少無理でも今日、行くしか無い。
乗り鉄の端くれとして、18きっぷの回数を残して仕舞うなどと、あってはならない。
しかし、そうは云っても体調ほ万全では無い。
当初予定していた、姫路から播但線。
山陰本線に入り雪景色を眺めながら呑み鉄。
餘部を渡り鳥取へ。
因美線に乗り換え若桜鉄道に初乗り。
そして姫新線経由で帰路に着く、などと云う朝早く夜遅いプランは体力的にも厳しい。
それで、プランを大幅に変更し、無理ない常識的なものにしてみた。
それでも、出発直前まではベッドの住人ではあったが。
四条から地下鉄に乗車。
伊勢丹や富屋を廻ってから、ホームへ。
10時半の新快速が発車したばかりであった。
次の新快速を待つ。
10時45分、敦賀行き新快速が到着。
山科から湖西線に入る。
大津京を過ぎて、琵琶湖が見えて来る。
晴れているところと雲っているところが点在している。
黒い雲の塊が彼方此方に浮かんでおり、日の光を遮っている。
琵琶湖や三上山に黒い影を落としている。
その反面、後光の様に琵琶湖や湖東を照らしてもいる。
堅田を過ぎ、和邇の辺りまで来ると虹が出て、黒い雲は消え失せて仕舞った。
日に照らされ、琵琶湖の湖面がキラキラと輝いている。
近江今津で、後ろ8輛を切り離す、
「サンダーバード」にも抜かれるから、暫く停車する。
駅前に出て見たら、改札の前で川魚・鰻の名店「西友(にしとも)」が出店を出していた。
http://www.nishitomo.co.jp/
鰻弁当には少し心を奪われたが、流石に早すぎるから、断念した。
次の機会には是非、購入してみたい。
「サンダーバード」が6分の遅れで通過したから、新快速も6分の遅れで発車する。
近江今津から、奥琵琶湖を行く。
山が迫り、琵琶湖がまた一段と映える。
近江塩津で北陸本線と合流し、敦賀に到着。
4分遅れの12時19分着。
雪はまるで無い。
拍子抜けな程、暖かい。
次の福井行きは12時38分。
521系の2連。
さほど混んではいない。
直ぐに北陸トンネルに入る。
今庄を過ぎ13時9分、武生に到着。
もし、北陸トンネルが無く杉津駅経由の旧線だったら、どれ位時間が掛かっていたのか。
武生から、少し歩いて福井鉄道の越前武生駅へと移動する。
今回の目的、福井鉄道の初乗りと完乗。
その為に、やって来た。
越前武生には、田原町行き880形電車が停車していた。
13時25分に発車。
次の北府(きたご)には車庫があり、200形203編成が留置されていた。
武生の町を抜け、鯖江に入る。
北陸本線からは少し距離があり、集落の中を結んでいる。
何と無く、京阪の石山坂本線を思い出させる。
花堂からは複線となる。
それまでは、方々で列車の交換を行っていた。
赤十字前には、軌道区間の除雪作業機関車デキ10形11が待機している。
しかし、この陽気では暫く出番は無いかも知れない。
赤十字前を過ぎ、新木田交差点から併用軌道に入る。
所謂、路面電車である。
この列車は、福井駅を経由する。
福井駅へは、福井城址大名町から盲腸の様に飛び出ている。
なので、福井城址大名町からスイッチバックで福井駅へと向かう。
道端の狭い商店街を、単線の路面電車が走るのは、なかなか見物である。
福井駅から再びバックして福井城址大名町へと向かう。
同じ列車が同じ駅に二度、停車する。
余りお目に掛かれない光景だ。
再び、田原町を目指す。
えちぜん鉄道の路線が見えて来たら、道路から左に逸れ、14時35分、両線共通の田原町に到着。
福井鉄道には食事券付き1日フリー乗車券の案内があった。
一度、利用してみたい。
ホームの反対側が、えちぜん鉄道の駅舎。
福井までの乗車券を購入。
暫し列車を待つ。
14時49分、三国港行きの列車が発車する。
元国鉄の119系を改造したMC7000形。
そして、14時51分に福井行きの列車がやって来た。
元愛知環状鉄道100形・200形・300形を改造したMC6001形。
車内は割りと混んでいる。
車掌は女性で、乃木坂とかにいてそうな綺麗な人だった。
15時1分、福井に到着。
先ずは福井駅今庄そばで腹ごしらえ。
時間があるから、福井城へ行ってみた。
越前松平家の居城として名高い。
駅前に本丸の石垣と堀が残っているが、当時の建物は残っていない。
城内には県庁と県警本部がある。
場所柄、観光客らしき人はいない。
結城秀康の像があるのが、違和感がある。
天守台を眺めて、再建された山里口御門を見学する。
そして、御廊下橋を通り城を出た。
まだ時間があったから、アニメイト福井店へ。
そして駅に戻り土産物屋を廻る。
弘化4年創業の老舗、羽二重餅總本家「錦梅堂」で冬季限定の水羊羹を。
そして、越前松平家御用達、文化元年創業の越前雲丹商「天たつ」で「雲丹あわせ越前甘えび」を購入。
16時47分敦賀行きに乗車。
521系4連だが、立ち客もいる程込み合っている。
日も暮れて、薄暗い山の上に月が煌めいている。
敦賀には17時36分に到着。
最後まで込み合ったままだった。
売店で弁当やお土産を買う。
次の列車こそ、敦賀17時49分発の新快速播州赤穂行き。
走行距離は275.5km
根室本線滝川〜釧路間308.4kmを8時間21分で走る2427Dが長らく普通・快速列車の長距離第一位だったが、台風被害による区間運休が続いたのち、滝川〜東鹿越間と新得〜釧路間に分断されてしまった。
その為、敦賀発播州赤穂行き新快速3527M/土休日は3227Mが、定期の普通・快速列車では一番長距離を走る列車となっている。
17時49分に敦賀を出て、播州赤穂には21時55分に到着する。
4時間以上もの長丁場。
今日は京都までの乗車。
一度、乗り通してみたい。
敦賀駅で購入した「塩荘」ソースカツ丼で、呑み鉄の時間。
しかし、流石に病み上がりだけあって、余りビールも進まない。
高月を過ぎると車内も込み合って来た。
米原で8輛増結する。
19時42分、京都に到着。
新幹線のホームに廻り、19時57分に到着する、まなにゃーさんを出迎える。
地下鉄で帰宅。
「ゲキガンガー」や「ハルヒ」「ひぐらし」を見ながら、食べ残した敦賀駅「塩荘」の鯛鮨を頂く。
しかし、「ひぐらし」の舞台になっている1983年の最長距離の普通列車は門司発福知山行き824レ。
走行距離は実に595.1km、門司を5時22分に発車して福知山には23時51分に到着するダイヤ。
一度、乗り通して見たかった。
古い時刻表と云えば、こう云うのが出るそうだ。
新幹線開業前夜 在来線だけだった時代最後の『交通公社の時刻表』1964年9月号が復刻 | 乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/92809
是非とも買わなければならない。
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