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2019年11月04日00:27

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僕は転校が多くて友達が少なかったから、体育の授業は苦痛だった

■「体育の授業が苦痛だった」という人々の声「バスケは地獄」「体育教師は運動の楽しさを教えていない」
(キャリコネ - 11月03日 09:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=5850281


小学校、中学校の体育の授業というと体育が得意な生徒にとっては楽しかっただろうけど、僕のように体育が苦手な生徒にとっては苦痛でしかなかった。何度も既に前の日記に書いたけど僕は父が銀行員で転勤が多くて、小学校卒業までは全国各地を転校していたので、転校する度に新しいクラスで体育が苦手ということがバレルのが苦痛だった。

転校が多いとやはり幼馴染の友達が誰もいなくて友達が少ないので、体育の授業で徒競走、球技をやってミスをするのがとても嫌だった。別に僕は外で遊ぶのが嫌いだったわけではないが、名古屋から東京に引っ越して小学校に入学して、小3の途中で東京から広島に引っ越して、小5の途中に広島から西宮に引っ越して、小学校卒業の時に西宮から仙台に引っ越したという生活だったので、これだけ転校が多いと、「どうせここの学校で友達を作っても、また2年くらいでお別れになるんだ」とかネガティブに考えてしまい、段々と家の中で遊ぶことが多い子供になった。それ故に軍事マニア、鉄道マニアになったともいえる。(苦笑)


それで、体育の授業でよくあった嫌なことというのは、クラス対抗のリレー、サッカー、バレーボールの競技などで、体育の得意な生徒が体育の苦手な生徒に、「俺たちは頑張ったのに、お前らが運動が苦手でどん臭いからクラス対抗戦で負けたじゃねえか!」というふうに責任を押し付けて、罵倒してバカにすることだった。これは僕が学校で体育の授業を受けた昭和時代後期なら、全国のどこの小中学校でもあったことだろう。特に勉強が苦手で体育の授業でヒーローになるしか楽しみがない筋肉脳の生徒などは、他の授業で落ちこぼれであるストレスを、この体育のクラス対抗戦などで発散するのが楽しみだったらしい。

僕も体育が苦手だったから、クラス対抗戦のリレーとか体育の授業で試合形式の球技をやると、体育が得意な奴らにバカにされることがあったが、僕は成績は良かったし転校生だったので、「G君(僕のこと)は転校生で勉強が得意だから、あまりいじめると勉強を教えてもらえなくなるぞ」などと他の生徒が言って、止めてくれることがあった。

それで、このコラムにも書いてあるけど、中学生までは体育が得意なイケメン男子とカワイイ女子がクラスのカーストの上位を独占していて、僕のような勉強が出来るけどオタク趣味な男子はあまり人気がなかった。中学生くらいで早くも男女交際をしていたのは、だいたい、運動が得意な男子と女子であり、そういう男女は平気で教室で手を繋いだりいちゃいちゃしてたりしていた。他の人も小中学校はそんな感じだったと思う。


ところが、僕が知る限りではドイツの小中学校では、あまり日本のように運動が出来る生徒がクラスで威張っているということはないらしい。まず、ドイツを始めとしてヨーロッパの学校には学校の先生が放課後に指導する部活というのがない。放課後のクラブ活動、特に体育会系の活動は地元のスポーツクラブで行う。有名なのはバイエルン・ミュンヘン・ユースチーム、FCバルセロナ・ユースチームなどで、日本代表のサッカー選手の久保建英はバルセロナ・ユースの出身であり、彼は小学生の頃にスペインに渡って学校に通いながらバルセロナ・ユースで練習をしていた。

それで、学校の体育でもクラス対抗のサッカー、バスケットボールなどの試合をする時は、アマチュアだけどライセンスを持っているレフェリーが学校に来てレフェリーを務める。こういう人は普段は地元のクラブチームで仕事をしてるけど、学校から頼まれれば体育の授業でレフェリーをする。クラス対抗の球技でもライセンスを持っている人がレフェリーをするから、体育の先生が片手間でレフェリーをする日本の体育の授業とは違って、競技中に生徒同士が熱くなってケンカになることはない。ちゃんとライセンスを持っている人がレフェリーをするから、試合が終わった後は生徒たちは納得して結果を受け入れる。


要するに、日本の学校教育全てにいえることだけど、学校での授業、生活全部を教師に任せすぎるから教師の負担が増えて気づかない所でいじめが起こったりする。ヨーロッパの学校は部活がなくて、地域のスポーツクラブで運動をするから教師の負担は減る。最近は日本の学校の部活を教師の免許を持っていない人が指導できるようになったけど、このように外部の人に部活動などをアウトソーシングするのは良いことなので、日本の学校はどんどんと「開かれた学校」になるべきだと思う。

日本の学校がもっと「開かれた学校」になって、地域の人が教育に参加できるようになれば、「お前が足が遅いからリレー大会で負けたんだ」などという、体育の結果で運動が苦手な子がいじめられるようなくだらないこともなくなるだろう。

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