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2019年10月30日17:08

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永井龍雲 LIVE2019「夢見旅」in喜多方

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毎週末怒涛のライブ三昧ですが、10月19日(土)は永井龍雲さんの喜多方ライブでした。FM喜多方ライブスペース、階段席までぎっしりの人で、熱気が半端ない!!外は冬の気配というのに、場内は人いきれで、龍雲さんすごい汗でしたが、その胸元が目もくらむようにセクシーでかっこよかったです。

この日も良く知られているヒット曲や最近の曲を織り交ぜて、繊細なギターに乗った美声を聞かせてくれました。ハーモニカも哀愁を帯びていて、ヴォーカルと2つの楽器、3つの音色が見事に調和し、龍雲さん独特の歌詞世界に誘われます。
ギター1本のステージで、唄、ギター、ハーモニカ、3拍子揃ったクオリティで、更に余裕を持って客席とやりとりできる安定感があるのは、私が見てる範囲では龍雲さんと小元ペータさんかなあって思います。
このクオリティは、全曲歌詞コード暗記されてるから出来るのでしょうか。歌詞もコードも全然見ないで、演奏される記憶力に脱帽です。
その龍雲さんが、1曲だけ歌詞を見た曲がありました。それは喜多方のために即興で作られたご当地ソングです。タイトル失念しましたが、喜多方ラーメンの神髄を歌った曲で、「世の中〜<どんどん>おかしくな~っちゃ~って♪」の「どんどん」が演歌調でかつコミカルでインパクトありました。フォークファンならずとも地元の中高年の方に大変喜ばれてました。
龍雲さんは、「その感激を自分の心だけでにとどめないで、是非、他の方にも伝えてください」と仰ったので、ブログで拡散しますね(笑)って、こんなところ誰も見てないか^^;
例年私は仙台ライブを見てて、毎回美しいモデルの元彼女の話が恒例だったのですが、喜多方では、元カノの話はなかったです(当たり前か^^;)その代わり、喜多方ラーメンと会津藩士「郡長政」の話になってたのでしょうか。
郡長政って誰??それ??て感じで家帰ってググりましたが、どうも明治時代龍雲さんの母校に会津から留学してきた若者で、学寮で切腹し若い命を散らした人のようです。龍雲さんのお母様の墓石の近くに郡長政の墓があるとかで、龍雲さんは長政との縁を感じて、会津の記念イベントに呼ばれたリしてるんだそうです。
へええええ。
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永井龍雲さんのライブ、各地で違うご当地ネタをやってるんですね。これは追っかけがいありそうです(笑)

〇セットリスト
喜多方ラーメンの歌と郡長政の歌、それ以外代表曲は、「想い」「道標ない旅」「お遍路」「星月夜」「ルリカケス」「暖簾」6曲かな??、だったと思います。あとは、最近のアルバム2枚からセレクトされた曲が多かったです。

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帰りの車の中でCD聴きながら、聞いた覚えある曲は、心の約束、ひとりぼっちの誕生日、還暦の友よ、めぐりあわせ、顧みて、献杯だったかな・・・、「11」からは「先人たちの遺産」が歌われてたと思います。うろ覚えなので違ってるかも。あしからずm(__)m
同行した新潟の龍雲ファンの方は「つまさき坂」を、私は「桜桃忌」を期待してたのでそこはちょっと外されましたが、還暦を迎えた美声ソングライターの歌詞世界は同年代の日本人の特有の心象世界を描き出していて、深い共感に包まれます。
夢を抱いて都会に出た地方人の今の飾らぬ想い、「回顧」と「懐古」そして「邂逅」・・・・まさしく3Kの世界が、華やいだ都会の流行・おしゃれなセンスに置いてきぼり私には、背伸びしなくて聴けるのが、居心地良かったです。

〇シンガーソングライターは現代詩人
ここ3年1枚ずつ買ったアルバム、聴いてますが良いですね。
車内で龍雲さんのCDかけてると、主人に「ついにあんた、演歌聴くようになったんだー@@;」、って言われました。演歌に聞こえるんだー?!
フォークソングも演歌も、戦後日本の近・現代大衆音楽という共通項はあるけど、曲を作った本人の思いを本人が自然な歌唱で歌うというのが、シンガーソングライターの魅力なんだよね。
戦後、傷を負った日本人が高度経済成長で必死に暮らしの再興をし、やがて物質文明の中で失われていった「人の心」を探し求めた70年代の音楽、そしてそれすら探さなくなったバブル期、それが崩壊し長い経済の停滞の中、再び「人の心」を探す時代に戻っているのかもしれません。


〇還暦の友よ
定番のみんなで歌いましょうのコーナー。
高校を卒業した時それぞれ友が違うに進路目指して旅立った時、手向けの唄として「道標ない旅」を作ったそうです。
進学校にいながら、周囲皆が大学進学する中、敷かれた安全なレールに背を向け、夢に身を投じた龍雲さんの若き日を想うと胸キュンですね。
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「道標ない旅」が18のそれぞれに旅立ちに向けた応援歌なら、「還暦の友よ」は60歳でそれぞれの道に進む友への手向けの唄なんだそうです。
細坪さんも同じこと仰ってましたが、60歳還暦もそれぞれ違う道を歩む人生の岐路なんだそうです。ある者は定年退職し、趣味に生き、ある者は再び仕事に付き、後進を育て・・・
ひょっとしてこれはシニアの「アメリカングラフティ」な気がします。
アメリカングラフティはジョージルーカスの代表作で、田舎のハイスクールを卒業した若者達、街に残る者、夢を抱いて都会に行く者、大学に行く者、それぞれが違う道に旅立っていく前夜を描いたセンシィテイブな映画でしたが、還暦もまた第2の人生のジャパニーズクラフティなのかもしれません。
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〇奴、戦の街、先人達の遺産etc...
1週間後の沖縄フォークフェスタで聞いた杉田二郎さんの「戦争を知らない子供たち」は、特別な意味を持って胸ににせまってきました。平和祈念公園で沖縄戦の悲劇をおさらいしただけに。
その夜、観光客でにぎわう国際通りで、左のデモと右の街宣車が大音量で闊歩する光景は、世界の様々な矛盾の縮図のようです。
人並みの人生と人は良くいうけれど、本当は誰も順風満帆ではない、人には言えない苦労があるのが普通なのでしょう。
でも、思春期真っ盛りに母を亡くし、出自に苦悩し、あえて今も沖縄に住む龍雲さんは、普通の人以上に様々な思いを抱えて生きてこられたのではないかと想像します。
私はファーストアルバムと最近のアルバム数枚聞いただけのにわかファンなので、龍雲さんの内面を語れるほど知りませんが、彼の背中に人生の重みを感じるし、笑顔の中にも眉間の皺に深い苦渋が刻まれてるような・・・。
暗いことが悪いことのように言われた軽薄な風潮は、マスメディアに脚色されたうわべの世界で、彼は現代社会の本質を冷静に見つめて来た人だから、戦争や差別の歴史をなかったことには出来ないのでしょう。それが仮に生きづらさという足かせになっても、歌にし続けることがシンガーソングライターの神髄。
戦争や災害、偏見・差別・いじめ、それが世界にあるのだから、そんなに人は明るいだけで生きられるはずもないのです。
陰のある人にはそれなりの人生がある。嘘偽りないこの時代の陰影を唄う龍雲さんを尊敬します。
拝啓、高倉健のようにかっこいい私のヒーロー龍雲様vv来年もライブ見に行きますよ〜
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