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2019年10月17日10:29

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男の生き方

「男の生き方」
「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉2019/10/17(木)【1603】」

https://9001.teacup.com/sfk/bbs/20443 (写真入り記事)

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「武士に二言なし」「侍二言なし」から発展して、「男に二言はない」に発展し、さらに、「女に二言はない」というのもあるらしいです。

「有言実行」「不言実行」がかっこいいとされる風潮があります。反対の「有言不実行」は、人を困らせ、振り回し、信頼を失います。

それが時々ならまだしも、頻繁な場合は、「あいつは当てにならねえ」となります。

そうならないために、言わないでやった方が良いのかも知れません。

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イスラム教徒は、明日の約束をした後に、「インシャアッラー」という言葉を使うそうです。「人間の運命は神によって定められている。ゆえに、明日になってみなければわからない。(予定は未定)」。

ニュアンスとしては、「そうであればいいね」「そうなるかもね」「そうするつもりです(でもどうなるかわからないけど)」「どうにかなるよ(神のご意志があれば)」という感じでしょうか。

それは決して間違っていないし、謙遜な姿です。

しかし、それを逃げ口実や言い逃れの材料のために使ってはいけないと思います。

クリスチャンの人に何かをお願いした時、「祈ってみます」とか、「導かれたら」などと答えが返って来る場合、多くは、断られます。

神様を口実にするのではなく、最初から断るつもりならば、率直に、素直に言った方が良いのではないかと思いますが、阿吽の呼吸で、「察してね」という遠回りのメッセージなのかも知れません。

空気を読もうとしなければ、そのまま受け止めてしまいますので、難しいですね。

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聖書は、「小事に忠実であれ」と教えます。それは、本当に小事というよりも、小事と思うから小事になってしまうこともあります。

さらに、同じことでも、人が見ているところでは、自分をアピールするために大事と考えてやるのに、人が見ていないところでは、小事と高を括ってやらないということがないようにしたいものです。

人が見ていようが見ていまいが、小事と感じようが感じなくても、決めたことを淡々とやり続ける忠実さを持ちたいものです。

2人の実在の牧師が、別々のある日曜日に、「信徒が誰も来ない」と知った時に、1人は、いつもと同じように讃美歌を歌い、壁に向かって説教をしました。もう1人は、車のルーフラックにボードを積んで、サーフィンに行きました。

2人とも、一貫しているのかも知れません。前者は、神との関係においてバカ正直で、忠実です。後者は、自分を喜ばせることに忠実です。

私は、弱い人間ですが、人が見ていても見ていなくても、神に対して忠実な生き方がしたいです。

それを祈り求めます。

神への祈りが、未来の自分を形作っていくと信じます。

この後も、素敵な時間をお過ごし下さい。
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