『天寿国の末裔』643「入鹿 斑鳩急襲」「景教・キリスト教の日本への伝播」�´�
日本書紀は曽我入鹿による「山背王」の襲撃の様子を仔細に伝えている。
『十一月一日 蘇我入鹿は小徳巨勢徳太大臣・大仁土師娑婆連を遣わして、山背大兄王らを不意に斑鳩に襲わせた。――（ある本には巨勢徳太臣・倭馬飼首を軍の将軍にしたとある。）
この時、奴の三成は数十人の側近者と防ぎ戦った。土師娑婆連は矢に当たって死んだ。軍勢は恐れて退いた。軍の中の人々は語り合って、「一人当千というのは、三成のような者をいうのであろうか」といった。
山背大兄は馬の骨を取って寝殿に投げ入れた。そして后や子弟らをつれて、隙を見て逃げ出し生駒山に隠れた。三輪文屋君・舎人田日連とその娘・菟田諸石・伊勢阿部堅経らが従った。
巨勢徳太大臣らは斑鳩宮を焼き、灰の中に骨を見て、王は死んだものと思い、囲みを解いて退去した。こうして山背大兄らは四・五日の間、山に留まって食べるものもなかった。三輪文屋君は進み出て、「どうか深草の屯倉に行って、ここから馬に乗り東国に赴き、上宮の乳部の民をもとに、軍を起こし引き返して戦いましょう。そうすれば勝つこともむずかしくはないでしょう」と、お勧めした。
大兄王は答えて、「おまえの言うようにしたら勝てるだろう。しかし自分は十年間、人民を労役に使うまいと心に決めている。自分の一身上のことがもとで、どうして万民に苦労をかけることができようか。また人民が私についたために、戦いで自分の父母をなくしたと、後世の人に言われたくない。戦って勝ったからといって丈夫と言えようか。己が身を捨てて国を固められたら、また丈夫といえるのではなかろうか」といわれた。
上宮の王らをはるかに山中に見た人があった。帰って入鹿臣に伝えた。
入鹿は聞いて大いに恐れた。早速軍隊をおこし、王の在りかを高向臣国押に告げて「速やかに山に行ってかの王を探し捕らえよ」といった。
国押は答えて、「私は天皇の宮をお守りすべきですから外には出られません」といった。入鹿は自分で出かけようとした。そのとき古人大兄皇子が、息せききってこられ「どこへ行くのか」と問われた。入鹿はつぶさにわけを説いた。
古人大兄皇子は言われた。「鼠は穴に隠れて生きているが、穴を失ったら死なねばならぬ」と。（注・略）
入鹿はこのため行くことを止めた。将軍達を送って生駒山を探させた。ついに見出すことができなかった。
山背大兄らは山から出て、再び斑鳩寺へ入られた。兵らは寺を囲んだ。
山背大兄王は三輪文屋君を通じて、将軍らに告げさせ、「自分がもし軍を起こして入鹿を討てば、勝つことは間違いない。しかし自分一身のために、人民を死傷させることを欲しない。だからわが身一つを入鹿にくれてやろう」といわれた。
ついに子弟妃妾と諸共に自決してなくなられた。おりから大空に五色の幡や衣笠が現れ様々な舞楽と共に空に照り輝き寺の上に垂れかかった。仰ぎ見た多くの人々が嘆き、入鹿に指し示した。するとその幡・衣笠は黒い雲に変わった。（略）』
（ 日本書紀（下）全現代語訳 宇治谷孟 講談社学術文庫 ｐ．１４４〜１４６ ）
２０．「景教・キリスト教の日本への伝播 � �
さて、聖徳太子の時代にいきなり、伝道師パウロやキリスト教・景教を登場させてしまった。『天寿（主）国』ともしてしまった。 ここに筆者は『ＴＥＮＪＵ』と『ＴＥＮＳＨＵ』とを曖昧表記にしているのだ。
無茶なシチュエーションの設定だと誰もが思うだろう。 「まんが・アニメ・映画の見過ぎ」との謗りも免れえないだろう。
しかし「厩戸の皇子」のイメージにては、現代人にとっては容易に西洋のキリストその人を指すのではないだろうか。
西暦の０年はキリストの誕生を示してある。聖徳太子の時代は西暦で言えば５７４〜６２２年頃のこと。この頃へのキリスト教の日本への伝来は正史にては認められない。
『何ら証拠が無い』 何故ならば。
よって証拠の無いこと、証明できないことは認められない。
似たような話がある。例えば平城京の木簡よりは「野菜の記述」が少ないから、天平時代に「野菜が少ない」のではなく、そのへんで取れるものをわざわざ木簡に明記する必要はなかった。
これは証拠にこだわると逆に真実が見えなくなる例だ。
それは刑事事件の起きる時、犯罪証明でもよく問題になることである。
では客観証拠の見当たらず、犯罪の証明が困難・不可能である時に、犯罪そのものは消滅するのだろうか。
否、被害者のある時、そこに犯罪は有る。ただ「証拠が見つからない」だけの話である。
逆に言えば「証拠」など存在しないことすらあるだろう。何故なら「隠される・証拠隠滅」されるだろうし、時間が「洗い流す」からだ。
確かに文献記録の全てに物証が出てくればれば、「申し分なし」ではあるだろうけれども。
しかし真実はどうなのだろうか。
或いは逆に、或いは「うがった観方として」それは公論を得て真実なのだろうか。
この話を書くきっかけは、梅原猛氏の『隠された十字架』にもヒントを得た。
法隆寺の五重塔に据えられた鎌を見た時にもジンジンと来た。
『あの鎌は天女の羽衣を切るだけではなく、エンジェルの羽をも切るのだ。』
と…。
キリスト教は中国にては景教・大秦（ローマ）景教と言われる。
これは始めは波斯（ペルシャ）景教と言われたものが後に間違いとわかり大秦景教に改めた。
中国には、キリスト教ネストリウス派が異端視されたため教圏をイランに求め、交易を通じて中国入りしたようだ。
唐の太宗治世の６３５年にはペルシア僧のアラホンを団長とする一隊が堂々と長安の都に到着する。太宗は宰相の房玄齢をして宮中に向かえ経典の翻訳を勅許し、布教を勧めた。
次の皇帝高宗も景教を認め各地に寺院の建立を認めアラホンを鎮国大法主とした。
則天武后の活躍の頃、仏教の隆盛の為に少し翳りを見せるものの、後の玄宗の頃も教線を維持し、７８１年に「大秦景教流行中国碑」を建立する。
それは唐の武宗の８４５年、「会昌の廃仏」の際、外来宗教として徹底的に弾圧されるまでキリスト教は中国で、時には隆盛し命運を保っていたのである。
（ 平凡社大百科辞典 ４巻 ｐ１１２７ 「景教」 礪波 護 ）
当然聖書も翻訳され、経にされ、経巻となり、それは仏教の経巻とも混同されることが中国では起きてしまう。
日本にても「似たようなこと」が起きただろう。意図ぜす、意図して持ち帰られ、後に捨てられた。誰かがそれを拾った。また、隠された。捨てられた。焚書された。
敦煌の石窟よりは約四万点の経巻が出土し、そこには道教・摩尼・ゾロアスター・景教など他宗の経巻もあり、また禁圧された三階教の経巻もそこには見出された。
（ 「敦煌」 井上靖著 新潮文庫 Ｐ．２５３）
ならば敦煌よりも、遣隋使を仲立ちとしても、国際情勢に詳しい聖徳太子が景教・キリスト教を「知らない」とすることの方が不自然なのだ。
それよりは「知っていても流布を止める、身内の話で済ます」そのことの方が現実的である。そう私は考える。
聖徳太子の生年は敏達天皇三年（５７４）であり、没年は推古天皇三十年（６２２）とされる。
上記の「唐の太宗治世の６３５年」とは時間が合わないようにも見える。
しかし布教のための一団が長安を訪れたのは、事前活動の成功と成果である。
その以前に流行と認可があるだろうと私は考える。
その時間の流れを考えるならば「遣隋使・遣唐使も、聖徳太子も中国にてキリスト教の隆盛を知っていた」とする方が自然なことなのだ。
『日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや…』の一文の、「書を…致す」は突厥の沙鉢略可汗が隋に送った国書に見え、そして「恙なきや…」は匈奴の冒頓単干が漢に送った国書に見えるという。
厩戸豊聡耳皇子・八耳の皇子の称号は伊達でなく、高度な「情報収集」技術と人材を、太子は確保していたのだ。
およそ中国宮廷内の国書を閲覧できるのは中国の高官だけだろう。
後の小野妹子と共に来日した裴世清は、聖徳太子の人物評定に来日したようだ。
ここにもドラマはあるのだろう。
そして、よって、聖徳太子が仏教仏典にて自身を維摩詰に例えるなら、キリスト教・聖書の「経巻」をして自身をキリストに例えたとしても何の不思議も私には、筆者にはない。
「厩戸の皇子」と聞きキリストを連想して何の不思議もないし、聖徳太子がキリストを讃えるなら、私なら「さもあらん」と思う方なのだ。
そしてそれは鎌足・不比等に至っても不思議はないと考えるのだ。
この頃の青年貴族たちは大いに中国より学んだと、私は推察するからだ。
しかしキリスト教を「国民・民衆」には、知らせない。
問題は律令制度の確立をめぐる政治問題であり、その視点での古事記・日本書紀などの書記者の方にもあると、そう私は考えてしまうのだ。
このことには仏教者も協力した。「教えの混合・混乱」を恐れ、純粋性を確保しようとした。
しかし、いつか、そして、偉大な精神は経巻の中に部分的に混入してしまう。
２１．「景教・キリスト教の日本への伝播 �◆�
例えば、この話の時代よりは下がるのだが、今昔物語の巻・十一にも「聖徳太子」について、興味深い記述が二つ見出される。
聖徳太子の出生の記述には……、
『はじめ、母夫人、夢に金色の僧来ていはく、「われは世を救う誓ひあり。しばらくその御胎に宿らむと思ふ。と。夫人答えていはく、「これ誰がのたまへるぞ」と。僧のたまはく、われは救世の菩薩なり。家は西にあり」と。夫人のいはく「わが胎は垢穢なり。なんぞ宿りたまはむや。僧のたまはく「われ垢穢をいとはず」といひて、踊りて口の中に入ると見て夢覚めぬ。その後、喉中に物を含みたるが如く思えて懐妊しぬ。」
(今昔物語集 本朝仏法部 上巻 佐藤謙三 校注 角川日本古典文庫 Ｐ．１３)
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